・・・ しかし日に日に経験する異様なる感激は、やがて朧ながらにも、海外の風物とその色彩とから呼起されていることを知るようになった。支那人の生活には強烈なる色彩の美がある。街を歩いている支那の商人や、一輪車に乗って行く支那婦人の服装。辻々に立っ・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・トルコ人たちは脚が長いし、背嚢を背負って、まるで磁石に引かれた砂鉄とい〔以下原稿数枚なし〕そうにあたりの風物をながめながら、三人や五人ずつ、ステッキをひいているのでした。婦人たちも大分ありました。又支那人かと思われる顔の黄いろな人と・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・―― 大船へ二十何町かあると同じくらい海岸からも引込んでいるから、私どもの生活は、八月の海辺風物――碧い海、やける砂、その上に拡げられた大きな縞帆のような日除け傘、濃い影を落して群れる派手なベイジング・スウトの人々などという色彩の濃い雰・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・海上から、人の世の温情を感じつつその瞬きを眺めた心持、また、秋宵この胸欄に倚って、夜を貫く一道の光の末に、或は生還を期し難い故山の風物と人とを忍んだだろう明人の心持。……茫漠として古寂びたノスタルジヤが昼の雨に甦って来るように感じた。 ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ ある土地の風物は作者が直接耳目でふれたから間違いない、という範囲で文学が文学としてのいのちをもち切れないところが微妙であるのだと思う。〔一九四〇年十一月〕 宮本百合子 「文学の大陸的性格について」
・・・いた場所の薄暗く曲った渡り廊下の外の庇合には、東京に珍しく堆たかい雪だまりが出来たりしていた、その光景は変化のない日常の中で不思議な新鮮さをもって印象にのこったが、折から目に映じるそういう荒々しい春の風物と、新しく私のうちに生じて重大な作用・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・小林氏は農村の風物を写生したかもしれない。しかし氏の描くところは、農村の風物によって起こされた氏自身の情緒であって、農村の風光そのものの美しさではない。もとより画家が自らの心を通して描く以上は、いかなる対象の美しさも画家自身の内にある美であ・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・都会育ちの先生が、よくもこれほど細かに、濃淡の幽かな変化までも見のがさずに、山や野や田園の風物を捉えられたものだと思う。わたくしは農村に生まれて、この歌集に歌われているような風物のなかで育ったものであるが、幼いころに心に烙きついたまま忘れる・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
・・・しかし彼らが社会の裏に住む無恥な女を描き、性慾の衝動に動く浮薄な男を描き、あるいは山国海辺、あるいは大都会小都会の風物情緒を描く時には、それがあらゆる階級の男女や東西南北の諸地方を材料とするにかかわらず、またそれぞれの境遇や土地をおのおのそ・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
『青丘雑記』は安倍能成氏が最近六年間に書いた随筆の集である。朝鮮、満州、シナの風物記と、数人の故人の追憶記及び友人への消息とから成っている。今これをまとめて読んでみると、まず第一に著者の文章の円熟に打たれる。文章の極致は、透明無色なガラ・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫