・・・わたくしは議事堂に心安いものを持っています。食堂の給仕をいたしております。もしこれから何か御用がおありなさるなら、その男をお使い下さるようにお願い申します。確かな男でございます。」 おれの考えは少々違っていた。果せるかな、使は包みを一つ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・二間だけの住居らしい。食堂兼応接間のようなところへ案内された。細君は食卓に大きな笊をのせて青い莢隠元をむしっていた。 お茶を一杯よばれてから一緒に出かけて行った。とある町の小さな薬屋の店へ這入った。店には頭の禿げた肥った主人が居て、B君・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ 刑務所の仕事場と食堂の並行直線。これに対応して蓄音機工場における全く同様な机と人間の並行線列。学校教場の生徒の列もいくらかこれに応ずるエピソードである。刑務所と工場との建築に現われるあらゆる美しい並行直線の交響楽。脱獄のシーンに現われ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ しかしまた自分の不幸なるコスモポリチズムは、自分をしてそのヴェランダの外なる植込の間から、水蒸気の多い暖な冬の夜などは、夜の水と夜の月島と夜の船の影とが殊更美しく見えるメトロポオル・ホテルの食堂をも忘れさせない。世界の如何なる片隅をも・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・けれども部屋を出て、下の食堂へ案内されるまで、余はついに先生の書斎にどんな書物がどんなに並んでいたかを知らずに過ぎた。 花やかな金文字や赤や青の背表紙が余の眼を刺激しなかったばかりではない。純潔な白色でさえついに余の眼には触れずに済んだ・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・ 列車は、食堂車を中に挟んで、二等と三等とに振り分けられていた。 彼は食堂車の次の三等車に入った。都合の良い事には、三等車は、やけに混雑していた。それは、網棚にでも上りたいほど、乗り込んでいた。 その時はもう、彼の顔は無髭になっ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ もう食堂のしたくはすっかり出来て、扇風機はぶうぶうまわり、白いテーブル掛けは波をたてます。テーブルの上には、緑や黒の植木の鉢が立派にならび、極上等のパンやバターももう置かれました。台所の方からは、いい匂がぷんぷんします。みんなは、蚕種・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・を出して本棚や机をふいて、食堂から花を持って来たり、鼠に食われる恐ろしさに仕舞って置く人形や「とんだりはねたり」を並べたりする。 妙にそわそわして胸がどきどきする。 母に笑われる。でも仕方がない。 花を折りに庭へ出て書斎の前の、・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・ 十一時半頃になると、遠い処に住まっているものだけが、弁当を食いに食堂へ立つ。木村は号砲が鳴るまでは為事をしていて、それから一人で弁当を食うことにしている。 二三人の同僚が食堂へ立ったとき、電話のベルが鳴った。給仕が往って暫く聞いて・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・栖方は黄楊の葉の隙から見える後のその室を指して、「あれは少将以上の食堂ですが、何か会議があるらしいですよ。」と説明した。大きな建物全体の中でその一室だけ煌煌と明るかった。爽やかな白いテーブルクロスの間を白い夏服の将官たちが入口から流れ込・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫