・・・たとえばたった一行を訳するにしても、「そこでロビンソン・クルウソオは、とうとう飼う事にしました。何を飼う事にしたかと云えば、それ、あの妙な獣で――動物園に沢山いる――何と云いましたかね、――ええとよく芝居をやる――ね、諸君も知っているでしょ・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・「棄てられたり紛れたりして来たから拾って育ててやるので、犬や猫を飼うのは楽みよりは苦みである。わざわざ求めて飼うもんじゃ決してない、」といっていた。二葉亭の犬や猫に対するや人間の子を愛すると同じ心持であった。六 二葉亭の文章癖・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・「豚を十匹ほど飼うたら、子供の学資くらい取られんこともないんじゃがな、……何にせ、ここじゃ、貧乏人は上の学校へやれんことにしとるせに、奉公にやったと云うとかにゃいかんて。」と、叔父は繰り返した。 おきのは、叔父の注意に従って、息子の・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・彼等も、耕すか、家畜を飼うかして、口を糊しているのだ。上等兵はそういうことを考えた。――同様に悲しむ親や子供を持っているのだ。 こんなことをして彼等を撃ち、家を焼いたところで、自分には何にも利益がありやしないのだ。 流れて来る煙に巻・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・大な士族邸を借て住んだこと、裏庭には茶畠もあれば竹薮もあったこと、自分で鍬を取って野菜を作ったこと、西洋の草花もいろいろ植えて、鶏も飼う、猫も居る――丁度、八年の間、百姓のように自然な暮しをしたことを話した。 原は聞いて貰う積りで、市中・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ここでしばらく飼うと脂気が抜けてしまうそうで、そのさっぱりした味がこの土地に相応しいような気もした。 宿の主人は禿頭の工合から頬髯まで高橋是清翁によく似ている。食後に話しに来て色々面白いことを聞かされた。残雪がまだ消えやらず化粧柳の若芽・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・魚が病的だというのか、そういうことをいうのが病的だか、それとも、こういう魚を飼うことがそうなのかわからなかった。魚はそのうちに器底に沈んで、あっちへ壁のほうを向いてしっぽをこっちへ向けたまま、じっとして動かなくなってしまった。つまらないから・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・わが家に猫を飼うという事はどうしても有りうべからざる事のようにしかその時は思われなかった。 それから二三日たって妻はまた三毛のほうをつかまえて来た。ところがこのほうは前のきじ毛に比べると恐ろしく勇敢できかぬ気の子猫であった。前だれにくる・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
十月早稲田に移る。伽藍のような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖で支えていると、三重吉が来て、鳥を御飼いなさいと云う。飼ってもいいと答えた。しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥ですと云う返事であった。 文鳥は三重吉の・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・又事実に於ても古来大名などが妾を飼うとき、奥方より進ぜらるゝの名義あり。男子が醜悪を犯しながら其罪を妻に分つとは陰険も亦甚だし。女大学の毒筆与りて力ありと言う可し。第三婬乱なれば去ると言う。我日本国に於て古来今に至るまで男子と女子と孰れが婬・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫