・・・其性行正しく妻に接して優しければ高運なれども、或は然らず世間に珍らしからぬ獣行男子にして、内君を無視し遊冶放蕩の末、遂には公然妾を飼うて内に引入れ、一家妻妾群居の支那流を演ずるが如き狂乱の振舞もあらば之を如何せん。従前の世情に従えば唯黙して・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・この夫婦には子は一人もないのでこの上さんは大きな三毛猫を一匹飼うて子よりも大事にして居る。しかし猫には夕飯まで喰わして出て来たのだからそれを気に掛けるでもないが、何しろ夫婦ぐらしで手の抜けぬ処を、例年の事だから今年もちょっとお参りをするとい・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・片隅の竹囲いの中には水溜があって鶩が飼うてある。 天神橋を渡ると道端に例の張子細工が何百となくぶら下って居る。大きな亀が盃をくわえた首をふらふらと絶えず振って居る処は最も善く春に適した感じだ。 天神の裏門を境内に這入ってそこの茶店に・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・一年間のこの鳥籠の歴史はほぼこういう風の盛衰であったが、その後別に飼うて居った三、四羽のカナリヤをこの籠の中へ入れたので、忽ち病室の外が賑うて来た。大抵な鳥はこの追いこみ籠に入れると、今までよく鳴いて居たものも全く鳴かなくなるのが普通である・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・「てぐすを飼うのさ。」見るとすぐブドリの前の栗の木に、二人の男がはしごをかけてのぼっていて、一生けん命何か網を投げたり、それを操ったりしているようでしたが、網も糸もいっこう見えませんでした。「あれでてぐすが飼えるの?」「飼えるの・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 猫の、いやに軟い跫音のない動作と、ニャーと小鼻に皺をよせるように赤い口を開いて鳴きよる様子が、陰性で、ぞっとするのである。 飼うのなら犬が慾しいと思ったのは、もう余程以前からのことだ。結婚後、散歩の道づれに困ることを知ってその心持・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・小鳥を飼う等と云う長閑そうなことが、案外不自然な、一方のみの専横を許して居るのではなかろうか。 此等の愛らしい無邪気な鳥どもが、若し私達が餌を忘れれば飢えて死ななければならない運命に置かれて居ると知るのは、いい心持でなかった。 飼わ・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ 余り市中から遠くない半郊外で、相当に展望もあり、本でも読める樹蔭があると同時に、小さい野菜畑や、鶏でも飼う裏庭があったら、田園生活のすきな自分は如何程よろこぶでしょう。 けれども、斯うやって、電車の音のする、古い八畳で、此を書・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ 僕話したじゃないか、ワロージャからナターリヤ・イワーノヴナがとりあげて、あとで籠へ入れて、僕たち皆で飼うように呉れたやつさ! 生きてる? ――どうだろうね、私も知らないよ。 ミーチャは、この三月からもう工場の中の托児所へは行かなか・・・ 宮本百合子 「楽しいソヴェトの子供」
・・・とて床の上ジューたんの上におっこったするといきなり骨ばったでっかい指がニュッと出で体を宙にもちあげたそしてその手のもちぬしはズーズー声でこう云った「なああんた、おらが先ごろ飼うて居た七面鳥が大すきでくれれ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫