・・・つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、夢の中からでも薫りだしたというように咲き、鳥が一疋、丘の上を鳴き続けながら通って行きました。 ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。 町・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・あまったるい香りがただよって居るおだやかな景色。三人の精霊がねころんだり、木の幹によっかかったりしてのんきらしくしゃべって居る。小蜂が一匹とんで居る。第一の精霊 サテサテマア、何と云うあったかな事だ、飛切りにアポロー殿が上機・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 厚くしかれた河原の青葦は、むんむんと水気を蒸発させ、葦が乾いて段々枯れてゆくきつい香りを放散させ、わたしは目がくらみそうだった。それでも八月の二十日すぎて東京へかえるとき「古き小画」は出来あがった。「古き小画」は宮原晃一郎氏を通じ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・異性の間では、一方が男であり一方が女であるのだから、その友情にどこやら恋の香りも漂っていそうに思われたり、恋愛と友情との境にある模糊とした感情の霞がひかれていて、きょうはそのあちら側へ、きのうはこちら側へと心の小舟の操られるサスペンスに、異・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・ジャワ更紗など高い価値をもっていて大変美しい芸術的な香りをもっているものだが、あの更紗の製作者は誰だろう。ジャワの婦人たちである。写真でみると、極めて原始的な方法で染め、織っている。彼女たちの方法は幾百年来の方法である。 日本の軍人が、・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ささやかな紙の障子はゆるがぬ日に耀き渡りマジョリカの小壺に差した三月の花 白いナーシサス、薄藤色の桜草はやや疲れ仄かに花脈をうき立たせ乍らも心を蕩す優しさで薫りを撒く。此深い白昼の沈黙と・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・雛鶏と家鴨と羊肉の団子とを串した炙き串三本がしきりに返されていて、のどかに燃ゆる火鉢からは、炙り肉のうまそうな香り、攣れた褐色の皮の上にほとばしる肉汁の香りが室内に漂うて人々の口に水を涌かしている。 そこで百姓のぜいたくのありたけがシュ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・「三たび茶を戴く菊の薫りかな」 高田の作ったこの句も、客人の古風に昂まる感情を締め抑えた清秀な気分があった。梶は佳い日の午後だと喜んだ。出て来た梶の妻も食べ物の無くなった日の詫びを云ってから、胡瓜もみを出した。栖方は、梶の妻と地方の・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ト殿さまが出ていらしッたらどうしようと、おそるおそる徳蔵おじの手をしっかり握りながら、テカテカする梯子段を登り、長いお廊下を通って、漸く奥様のお寝間へ行着ましたが、どこからともなく、ホンノリと来る香は薫り床しく、わざと細めてある行燈の火影幽・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・そうしてさらに一層まれに、すなわち数年の間に一度くらい、あの王者の威厳と聖人の香りをもってむっくりと落ち葉を持ち上げている松茸に、出逢うこともできたのである。 こういう茸狩りにおいて出逢う茸は、それぞれ品位と価値とを異にするように感じら・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫