・・・沢田先生は、土曜日毎にお見えになり、私の勉強室でひそひそ、なんとも馬鹿らしい事ばかりおっしゃるので、私は、いやでなりませんでした。文章というものは、第一に、てにをはの使用を確実にしなければならぬ、等と当り前の事を、一大事のように繰り返し繰り・・・ 太宰治 「千代女」
・・・の一味の馬鹿らしいものを馬鹿らしいとも言えず、かえって賞讃を送らなければならぬ義務の負担である。「徒党」というものは、はたから見ると、所謂「友情」によってつながり、十把一からげ、と言っては悪いが、応援団の拍手のごとく、まことに小気味よく歩調・・・ 太宰治 「徒党について」
・・・また、その馬鹿先生の曰く、事ここに到っては、自分もペンを持つ手がふるえるくらい可笑しく馬鹿らしい思いがしてくる。何という空想力の貧弱。そのイヒヒヒヒと笑っているのは、その先生自身だろう。実にその笑い声はその先生によく似合う。 あの作品の・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・そんな、二十年も昔の事など知っているわけはないじゃありませんか。ばかばかしい。いいえ、でも、土地に新しく来た人というものは、へんにその土地の秘密に敏感なものですよ。でたらめですよ。そんな馬鹿らしい事ってあるものですか。あの人はその時・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・と言いかけた時に、おじさんは、「馬鹿らしい。」と言って立ち上り、「まるで気違いだ。」 さすがに僕もむっとして、奥へ引き上げて行くおじさんのうしろ姿に向い、「君は、ひとの親切がわからん人だね。酒なんか飲みたかねえよ。ばかものめ。」・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・知識欲が丸でなくて、紀行文を書くなんと云うことに興味を有せない身にとっては、余り馬鹿らしい。 こう考えた末、ポルジイは今時の貴族の青年も、偉大なる恋愛のためには、いかなる犠牲をも辞せないと云うことを証明するに至った。ポルジイは始て思索を・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・窮屈と思い馬鹿らしいと思ったら実に片時もたまらぬ時ではないか。しかしながら人類の大理想は一切の障壁を推倒して一にならなければ止まぬ。一にせん、一にならんともがく。国と国との間もそれである。人種と人種の間もその通りである。階級と階級の間もそれ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ こんな例を御話しするのはただ馬鹿らしいから御笑草に御聞きに入れるまでの事だと御思いになるかも知れんが、実はそうではない。こう批評して見るとなるほど子供は幼稚で気の毒なものだとしかとれませんが、その幼稚で気の毒の事を大人たる我々があえて・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ 馬鹿らしい独言を云って机の上に散らばった原稿紙や古ペンをながめて、誰か人が来て今の此の私の気持を仕末をつけて呉れたらよかろうと思う。 未だお昼前だのに来る人の有ろう筈もなしと思うと昨日大森の家へ行って仕舞ったK子が居て呉れたら・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・ 無意味な馬鹿らしいことも、それとしらずにまじめでやって行くところに若い純な心のねうちがある。それだからこそ、若い人たちを指導する立場にいるひとは慎重で常識を明らかにして、その若さのよさを笑いものにするようなことがあってはなるまいと思う・・・ 宮本百合子 「女の行進」
出典:青空文庫