・・・小児等の糸を引いて駈るがままに、ふらふらと舞台を飛廻り、やがて、樹根にどうとなりて、切なき呼吸つく。暮色到る。小児三 凧は切れちゃった。小児一 暗くなった。――ちょうど可い。小児二 また、……あの事をしよう。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・つまり窓の眺めというものには、元来人をそんな思いに駆るあるものがあるんじゃないか。誰でもふとそんな気持に誘われるんじゃないか、というのですが、どうです、あなたはそうしたことをお考えにはならないですか」 もう一人の青年は別に酔っているよう・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 何が彼を駆るのか。それは遠い地平へ落ちて行く太陽の姿だった。 彼の一日は低地を距てた灰色の洋風の木造家屋に、どの日もどの日も消えてゆく冬の日に、もう堪えきることができなくなった。窓の外の風景が次第に蒼ざめた空気のなかへ没してゆくと・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・そして人間を実践的社会運動に駆る思想は倫理的思想である。共産主義の運動への情熱が日本の青年層を風靡し、犠牲的な行動にまで刺衝したのは、同主義の唯物的必然論にもかかわらず、依然として包蔵している人道主義的思想のためであったのだ。正義をもって社・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・公園に馬車を駆る支那美人の簪にも既に菊の花を見なくなった頃であった。 凡ては三十六、七年むかしの夢となった。歳月人を俟たず、匆々として過ぎ去ることは誠に東坡が言うが如く、「惆悵す東欄一樹の雪。人生看るを得るは幾清明ぞ。」である。甲戌・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・公共の任務のために忙しく自動車を駆るものは致し方がないが、私利をはかるために、またはホテルで踊るために、自動車を駆るものに対しては、父は何を感ずるであろう。天下万民が「おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す」とは、明治大帝・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫