・・・が、ソロモンの使者の駱駝はエルサレムを囲んだ丘陵や沙漠を一度もシバの国へ向ったことはなかった。 ソロモンはきょうも宮殿の奥にたった一人坐っていた。ソロモンの心は寂しかった。モアブ人、アンモニ人、エドミ人、シドン人、ヘテ人等の妃たちも彼の・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・そら、駱駝の背中みたいなあの向う、あそこへ行きねえ。」と険突を食わされた。 駱駝の背中と言ったのは壁ぎわの寝床で、夫婦者と見えて、一枚の布団の中から薄禿の頭と櫛巻の頭とが出ている。私はその横へ行って、そこでもまたぼんやり立っていると、櫛・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・と無邪気な口調で言って、足もとの草原から、かなり上等らしい駱駝色のアンダアシャツを拾い上げ、「はだかで、ここまで来られるものか。僕の下宿は本郷だよ。ばかだね、君は。」「はだしで来たわけじゃ、ないだろうね。」私は尚も、しつこく狐疑した。甚・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・○コーヒー八杯呑んでみる。なんともなし。○文化の敵、ラジオ。拡声器。○自転車一台購入。べつに使途なし。○もりたや女将に六百円手交。借銭は人生の義務か。○駱駝が針の穴をくぐるとは、それや無理な。出来ませぬて。○私を葬り・・・ 太宰治 「古典風」
・・・二匹の競馬の馬の間に、駱駝がのっそり立っているみたいですね。私は、どうしてこんなに、田舎くさいのだろう。これでも、たいへんいいつもりで腕組みしたのですがね。自惚れの強い男です。自分の鈍重な田舎っぺいを、明確に、思い知ったのは、つい最近の事な・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・かねがね私の、こころよからず思い、また最近にいたっては憎悪の極点にまで達している、その当の畜犬に好かれるくらいならば、いっそ私は駱駝に慕われたいほどである。どんな悪女にでも、好かれて気持の悪いはずはない、というのはそれは浅薄の想定である。プ・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・盲目なる手引よ、汝らは蚋を漉し出して駱駝を呑むなり。禍害なるかな、偽善なる学者、外は人に正しく見ゆれども、内は偽善と不法とにて満つるなり。禍害なるかな、偽善なる学者、汝らは預言者の墓をたて、義人の碑を飾りて言ふ、「我らもし先祖の時にありしな・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ また一例を挙げると、三月十六日パレスタインで強風が砂塵を立てているに乗じてトルコの駱駝隊を襲撃し全滅させたという記事もある。その他各戦線にわたって天候のために利を得また損害を受けた実例は枚挙に暇ないほどある。ことに飛行隊の活動などは著・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・岸べに天幕があって駱駝が二三匹いたり、アフリカ式の村落に野羊がはねていたりした。みぎわには蘆のようなものがはえている所もあった。砂漠にもみぎわにも風の作った砂波がみごとにできていたり、草のはえた所だけが風蝕を受けないために土饅頭になっている・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
天幕の破れ目から見ゆる砂漠の空の星、駱駝の鈴の音がする。背戸の田圃のぬかるみに映る星、籾磨歌が聞える。甲板に立って帆柱の尖に仰ぐ星、船室で誰やらが欠びをする。 寺田寅彦 「星」
出典:青空文庫