一 加賀の国黒壁は、金沢市の郊外一里程の処にあり、魔境を以て国中に鳴る。蓋し野田山の奥、深林幽暗の地たるに因れり。 ここに摩利支天を安置し、これに冊く山伏の住える寺院を中心とせる、一落の山廓あり。戸・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・この間に日影の移る一寸一寸、一分一分、一厘一厘が、政元に取っては皆好ましい魔境の現前であったろう歟、業通自在の世界であったろうか、それは傍からは解らぬが、何にせよ長い長い月日を倦まずに行じていた人だ、倦まぬだけのものを得ていなくては続かぬ訳・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・たらしむべき教育は実に難中の難である、ああ、かくして虚栄は人を魔境にさそい堕落の暗礁に誘うローレライである。 人生は混沌。肉の執着といい生命虚栄の執着という、すべて人生を乱す魔道である。数億の人類が数億の眼を白うして睨み合う。睨み合う果・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫