・・・ 六 麦秋 だいぶ評判の映画であったらしいが、自分にはそれほどおもしろくなかった。それは畢竟、この映画には自分の求めるような「詩」が乏しいせいであって、そういうものをはじめから意図しないらしい作者の罪ではないよう・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・公達に狐ばけたり宵の春飯盗む狐追ふ声や麦の秋狐火やいづこ河内の麦畠麦秋や狐ののかぬ小百姓秋の暮仏に化る狸かな戸を叩く狸と秋を惜みけり石を打狐守る夜の砧かな蘭夕狐のくれし奇楠をん小狐の何にむせけん小萩原・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 寛永十九年四月二十一日は麦秋によくある薄曇りの日であった。 阿部一族の立て籠っている山崎の屋敷に討ち入ろうとして、竹内数馬の手のものは払暁に表門の前に来た。夜通し鉦太鼓を鳴らしていた屋敷のうちが、今はひっそりとして空家かと思わ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫