・・・ トシエは、家へ来た翌日から悪阻で苦るしんだ。蛙が、夜がな夜ッぴて水田でやかましく鳴き騒いでいた。夏が近づいていた。 黄金色の皮に、青味がさして来るまで樹にならしてある夏蜜柑をトシエは親元からちぎって来た。歯が浮いて、酢ッぱい汁が歯・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・で、利休の指の指した者は頑鉄も黄金となったのである。点鉄成金は仙術の事だが、利休は実に霊術を有する天仙の臨凡したのであったのである。一世は利休に追随したのである。人は争って利休の貴しとした物を貴しとした。これを得る喜悦、これを得る高慢のため・・・ 幸田露伴 「骨董」
十一月の半ば過ぎると、もう北海道には雪が降る。乾いた、細かい、ギリギリと寒い雪だ。――チヤツプリンの「黄金狂時代」を見た人は、あのアラスカの大吹雪を思い出すことが出来る、あれとそのまゝが北海道の冬である。北海道へ「出稼」に来た人達は冬・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・殿「其の方が久しく参らん内に私は役替を仰せ付けられて、上より黄金を二枚拝領した、何うだ床間にある、悦んでくれ」七「へえ」 と張合のない男で、お役替だと云えば御恐悦でございますとか、お目出度いぐらいの事は我々でも陳べますが、七兵衞・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・そのうち天から暖かい黄金がみなのジャケツの上に降って来て、薄い羅紗の地質を通して素肌の上に焼け付くのである。男等は皆我慢の出来ないほどな好い心持になった。 この群のうちに一人の年若な、髪のブロンドな青年がいる。髭はない。頬の肉が落ちてい・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・祭壇から火の立ち登る柱廊下の上にそびえた黄金の円屋根に夕ぐれの光が反映って、島の空高く薔薇色と藍緑色とのにじがかかっていました。「あれはなんですか、ママ」 おかあさんはなんと答えていいか知りませんでした。「あれが鳩の歌った天国で・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・若しスバーが水のニムフであったなら、彼女は、蛇の冠についている宝玉を持って埠頭へと、静かに川から現れたでしょうに、そうなると、プラタプは詰らない釣などは止めてしまい、水の世界へ泳ぎ入って、銀の御殿の黄金作りの寝台の上に、誰あろう、この小さい・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
海の岸辺に緑なす樫の木、その樫の木に黄金の細き鎖のむすばれて ―プウシキン― 私は子供のときには、余り質のいい方ではなかった。女中をいじめた。私は、のろくさいことは嫌いで、それゆえ、のろくさい女中を殊にも・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・歎くように垂れた木々の梢は、もう黄金色に色づいている。傾く夕日の空から、淋しい風が吹き渡ると、落葉が、美しい美しい涙のようにふり注ぐ。 私は、森の中を縫う、荒れ果てた小径を、あてもなく彷徨い歩く。私と並んで、マリアナ・ミハイロウナが歩い・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・ 実際また彼女の若い時分、身分のいい、士たちが、禄を金にかえてもらった時分には、黄金の洪水がこの廓にも流れこんで、その近くにある山のうえに、すばらしい劇場が立ったり、麓にお茶屋ができたりして、絃歌の声が絶えなかった。道太は少年のころ、町・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫