・・・私の生涯の、黒点である。私は、留置場に入れられた。取調べの末、起訴猶予になった。昭和五年の歳末の事である。兄たちは、死にぞこないの弟に優しくしてくれた。 長兄はHを、芸妓の職から解放し、その翌るとしの二月に、私の手許に送って寄こした。言・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・まだ光の弱い太陽を見詰めたが金の鴉も黒点も見えない。坩堝の底に熔けた白金のような色をしてそして蜻とんぼの眼のようにクルクルと廻るように見える。眩しくなって眼を庭の草へ移すと大きな黄色の斑点がいくつも見える。色がさまざまに変りながら眼の向かう・・・ 寺田寅彦 「窮理日記」
・・・たとえば太陽黒点と日本の一部分のある特定の気象要素との間に或る相関を見つけたというのが、太陽黒点が地球の気象に関係するという事を始めて見つけたかのごとく報ぜられるような種類のものがはなはだ多いのである。これは担任記者の専門知識の欠乏によるの・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・ おもしろいことには、偶然ではあろうが、太陽黒点の週期が約十一年であって、これが十干の十年と十二支の十二年との中間に当たっている。それで、太陽黒点と関係のあるらしい週期的な気象学的あるいは気候学的現象の異同が自然に干支と同じような週期性・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・なかんずく月の表面の凹凸の模様を示すものや太陽の黒点や紅炎やコロナを描いたものなどはまるでうそだらけなものであった。たとえば妙な紅炎が変にとがった太陽の縁に突出しているところなどは「離れ小島の椰子の木」とでも言いたかった。 科学の通俗化・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・ 夢中の様な形をして道のない雪をけたてて走りさる男の人間らしい形は段々小さくなってたった一つの黒点になってころがって行った。 最後に「こんちく生!」とどなった口をあいたまんま頭を石の間にはさんで男がつめたくなって居たのは翌朝でう・・・ 宮本百合子 「どんづまり」
・・・夕飯頃帰って来ると、じきに小さい者を対手にふざけたり、唇の間から上手にフルートの様な音を出して皆を面白がらせたりして居る父親も注意を引いたには違いないけれ共、いつでも、少くとも十六の目玉の黒点になって、フッフッと煙を上げそうになって居るのは・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫