・・・東京の批評家は僕の作品をけなすか、黙殺することを申し合わしているようだ――と思うのは、僕のひがみだろうが、しかし、僕は酷評に対してはただ作品を以て答えるだけだ。僕は自分の文学にうぬぼれているわけではないが、しかし、「世相」や婦人画報の「夜の・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・まったく黙殺ときめてしまって、手紙を二つに裂き、四つに裂き、八つに裂いて紙屑入れに、ひらひら落した。そのとき、あの人が異様に蒼ざめて、いきなり部屋に入って来たのだ。「どうしたの。」「見つかった、感づかれた。」あの人は無理に笑ってみせ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・光栄の十字架ではなく、灰色の黙殺を受けたのである。ざまのよいものではなかった。幕切れの大見得切っても、いつまでも幕が降りずに、閉口している役者に似ていた。かれは仕様がないので、舞台の上に身を横え、死んだふりなどして見せた。せっぱつまった道化・・・ 太宰治 「花燭」
・・・けれどもあなたは、私の手紙を全然黙殺してしまいました。そうして、あなたご自身のお得意のテエマだけを一つ勝手に択んで、立派な感想を述べました。けれども、私はそのテエマに就いての講義は、ちっとも聞きたくなかったのです。古いなあ、とさえ思いました・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・きっぱりと黙殺することに腹を決めたのだが、恰度今日仕事の机にむかって坐った時、ふと、返事でも書いてみるかという気になってこれを書いた。じたい、二十歳台の若者と酒汲みかわすなんて厭なものだと思っていたのだ。君は二十九歳十カ月くらいのところだね・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・と客のほうから店のおやじ、女中などに、満面卑屈の笑をたたえて挨拶して、そうして、黙殺されるのが通例になっているようである。念いりに帽子を取ってお辞儀をして、店のおやじを「旦那」と呼んで、生命保険の勧誘にでも来たのかと思わせる紳士もあるが、こ・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・ わけの判らぬような事を、次から次と言いつづけるのであるが私は一切之を黙殺した。聞えない振りをして森を通り抜け、石段を降り、弁天様の境内を横切り、動物園の前を通って池に出た。池をめぐって半町ほど歩けば目的の茶店である。私は残忍な気持で、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・全く黙殺している。これは佐渡ヶ島でないのかも知れぬ。時間から言っても、これが佐渡だとすると、余りにも到着が早すぎる。佐渡では無いのだ。私は恥ずかしさに、てんてこ舞いした。きのう新潟の砂丘で、私がひどくもったい振り、あれが佐渡だね、と早合点の・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・夫人は、僕の言葉を全然黙殺している。「このへんにありませんか。」「奥さん、どうかしていますね。もの笑いの種ですよ。およしになって下さい。」「ひとりで仕事をしたいのです。」夫人は、ちっとも悪びれない。「家を一軒借りても、いいんですけど・・・ 太宰治 「水仙」
・・・この男を神は、世の嘲笑と指弾と軽蔑と警戒と非難と蹂躙と黙殺の炎の中に投げ込んだ。男はその炎の中で、しばらくもそもそしていた。苦痛の叫びは、いよいよ世の嘲笑の声を大にするだけであろうから、男は、あらゆる表情と言葉を殺して、そうして、ただ、いも・・・ 太宰治 「答案落第」
出典:青空文庫