・・・この小説の作家、マルグリットはパリのつつましい一人の裁縫師であった。裁縫工場に勤めて働いている裁縫女工ではなくて、個人から小さい註文を受け取って働くお針さんであった。 孤児として修道院で育てられたマルグリットは、農家の家畜番をする娘とし・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 古雑誌のちぎれを何心なくとり上げたら、普仏戦争でパリの籠城のはじまった頃のゴンクールの日記があった。 道端で籠を下げた物うりが妙な貝を売っている。玉子などの立売りも出ている。パリの騒然とした街の様子が彼独特の詳細な筆致でかかれてい・・・ 宮本百合子 「折たく柴」
・・・しかも『ライン新聞』を去ったカールが友人と共にパリで『独仏年誌』を発行することにきまって、編輯者としてカールが五百ターレルずつ定収入を得ることが出来るという見とおしがついて、はじめてイエニーとの結婚も実現したのであった。若いカールとイエニー・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
七月も一日二日で十日になる。今年も暑気はきびしいように思われる。年々のいろいろな七月、いろいろなあつさを思いかえすうち、不図明るい一つの絵提灯のような色合いでパリの七月十四日の夜が記憶に甦って来た。 一七八九年の七月十・・・ 宮本百合子 「十四日祭の夜」
・・・そのことは、一九二九年に彼がパリでかいた「チャタレイ夫人の恋人」の序文に、まざまざとあらわれている。序文は、バーナード・ショウの社会主義のように常識的であり、H・G・ウェルズの文化史のように健全であり、もっともである。ローレンスはイギリスの・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ボストンだけが文化の中心ではないし、パリだけが文化の中軸をなしていると云えない。それぞれの国は、各地方に、独自的な伝統と特色とをゆたかにもちながら全体としてその国の人民の宝として十分評価されるだけの文化をもって来ている。それは、昔のヨーロッ・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・フランスの北のブルターニュに夏休みのための質素な別荘が借りてあったが、彼女はパリが離れられなくて、まず二人の娘イレーヌとエーヴとを一足先へそちらへやった。お母さんであるキュリー夫人は八月の三日になったならばそこで娘たちと落合って、多忙な一年・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ いつか Kambodscha の酋長がパリに滞在していた頃、それが連れて来ていた踊子を見て、繊く長い手足の、しなやかな運動に、人を迷わせるような、一種の趣のあるのを感じたことがある。その時急いで取った dessins が今も残っている・・・ 森鴎外 「花子」
・・・ 私は近ごろ彼の『赤い室』をゾラの『パリ』と比較してみた。彼がゾラの影響の下にその処女作を書いたことは疑いがない。しかし驚くべき事は三十歳の青年が自然主義の初期にすでにゾラを追い越しモウパッサンの先を歩いていたことである。題目とねらい所・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・ハウプトマン氏は衝動的の演技だと言った。パリの批評家にしてウィーンの青年文学者に愛慕せられたサルセエ氏もこの年初めて彼女を見て、芸術ではない恐ろしい自然の力だ、と言った。お世辞のよいサラ・ベルナアルでさえあのひとは天才ではないと批評した。イ・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫