・・・その後沼南昵近のものに訊くと、なるほど、抵当に入ってるのはホントウだが、これを抵当に取った債権者というは岳父であったそうだ。 これも或る時、ドウいう咄の連続であったか忘れたが、例の通り清貧咄をして「黒くとも米の飯を食し、綿布でも綿の入っ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・したがってホントウに通して読んだのは十二、三歳からだろうがそれより以前から拾い読みにポツポツ読んでいた。十四歳から十七、八歳までの貸本屋学問に最も夢中であった頃には少なくも三遍位は通して読んだので、その頃は『八犬伝』のドコかが三冊や四冊は欠・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・そういう方面の交際を全く嫌った私の生野暮を晒って、「遊蕩も少しはして見ないとホントウの人生が解らんものだ、一つ何処かイイ処へ案内しようじゃないか、」と能く云い云いした。 二葉亭のお父さんは尾州藩だったが、長い間の江戸詰で江戸の御家人化し・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・「キョウサントウだかって……」「何にキョ……キョ何んだって?」「キョウサントウ」「キョ……サン……トウ?」 然し母親は直ぐその名を忘れてしまった。そしてトウトウ覚えられなかった。―― 小さい時から仲のよかったお安は、・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・アナタハ、キットウマイ。 ナグサメナイデホシイ。ホントニ、天才カモ知レナイ。 ヨシテ下サイ。モウオカエリ下サイ。 僕は苦笑して立ちあがった。帰るより他はない。静子夫人は僕を見送りもせず、坐ったままで、ぼんやり窓の外を・・・ 太宰治 「水仙」
・・・何も急く旅でもなしいっそ人力で五十三次も面白かろうと、トウトウそれと極ってからかれこれ一月の果を車の上、両親の膝の上にかわるがわる載せられて面白いやら可笑しいやらの旅をした事がある。惜しい事には歳が歳であったから見もし聞きもした場所も事実も・・・ 寺田寅彦 「車」
・・・シンゲンはなんでもトウケイ四十二度二分ナンイ……。」「エヘン、エヘン。」 クねずみはまたどなりました。 タねずみはまた面くらいましたが、さっきほどではありませんでした。 クねずみはやっと気を直して言いました。「天気もよく・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・ 十二月十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より〕 ペンさんがヘントウ腺をはらしたというので来ず、うちは泰子さわぎて眠らない人ばかり。私は手紙が書きたくて気がもてず、二階へ来て、こんなかきかたをして見ます。柔かい5Bでこう・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その蜘蛛は藁しべに引かかったテントウ虫のように、胴ばかり赤と黒との縞模様だ。〔一九二五年十月〕 宮本百合子 「この夏」
・・・十二時頃 tea Room でポタージュをたべ トウストをたべる。ヴィンナ、トウストマダムという女 朱 赤と薄クリームの肩ぬき的な洋装、小柄二十四五位 夕方五時すぎ。電車道のところを見るとさほどでもないが濠の側を見ると、・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
出典:青空文庫