出典:青空文庫
・・・ 突然川柳で折紙つきの、という鼻をひこつかせて、「旦那、まあ、あら、まあ、あら良い香い、何て香水を召したんでございます。フン、」 といい方が仰山なのに、こっちもつい釣込まれて、「どこにも香水なんぞありはしないよ。」「じゃ・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・ 昔は、川柳に、熊坂の脛のあたりで、みいん、みいん。で、薄の裾には、蟋蟀が鳴くばかり、幼児の目には鬼神のお松だ。 ぎょっとしたろう、首をすくめて、泣出しそうに、べそを掻いた。 その時姉が、並んで来たのを、衝と前へ出ると、ぴったり・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・『帝国文学』を課題とした川柳をイクツも陳べた端書を続いて三枚も四枚もよこした事があった。端書だからツイ失くしてしまって今では一枚しか残っていないが、「上田の附文標準語に当惑し」、「先生の原稿だぞと委員云ひ」というようなのがあった。前者は万年・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・一体合乗俥というはその頃の川柳や都々逸の無二の材料となったもので、狭い俥に両性がピッタリ粘着き合って一つ膝掛に纏まった容子は余り見っともイイものではなかった。搗てて加えて沼南夫人の極彩色にお化粧した顔はお葬い向きでなかった。その上に間断なく・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・これを対岸から写すので、自分は堤を下りて川原の草原に出ると、今まで川柳の蔭で見えなかったが、一人の少年が草の中に坐って頻りに水車を写生しているのを見つけた。自分と少年とは四、五十間隔たっていたが自分は一見して志村であることを知った。彼は一心・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 川柳の陰になった一間幅ぐらいの小川の辺に三、四人の少年が集まっている、豊吉はニヤニヤ笑って急いでそこに往った。 大川の支流のこの小川のここは昔からの少年の釣り場である。豊吉は柳の陰に腰掛けて久しぶりにその影を昔の流れに映した。小川・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・村の小川、海に流れ出る最近の川柳繁れる小陰に釣を垂る二人の人がある。その一人は富岡先生、その一人は村の校長細川繁、これも富岡先生の塾に通うたことのある、二十七歳の成年男子である。 二人は間を二三間隔てて糸を垂れている、夏の末、秋の初の西・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・小さい畚にそれを入れて、川柳の細い枝を折取って跳出さぬように押え蔽った少年は、その手を小草でふきながら予の方を見て、 小父さん、また餌をくれる?と如何にも欲しそうに言った。 アア、あげる。 少年は竿を手にして予の傍へ来た。・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・昨年、彼が借衣までして恋人に逢いに行ったという、そのときの彼の自嘲の川柳を二つ三つ左記して、この恐るべきお洒落童子の、ほんのあらましの短い紹介文を結ぶことに致しましょう。落人の借衣すずしく似合いけり。この柄は、このごろ流行と借衣言い。その袖・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
親という二字と無筆の親は言い。この川柳は、あわれである。「どこへ行って、何をするにしても、親という二字だけは忘れないでくれよ。」「チャンや。親という字は一字だよ。」「うんまあ、仮りに一字が三字であってもさ。」・・・ 太宰治 「親という二字」