出典:青空文庫
・・・『敦盛そばや』に来て、この友に絵はがきにたよりを書いた。十五六歩左手に敦盛の墓がある。やっと一杯のそばを食べた。それに蠅が多いのでうるさい。風もなく、日は、山地に照り付けて何処からともなく蝉の声が聞えて来る。夏蜜柑の皮を剥きながら、此の・・・ 小川未明 「舞子より須磨へ」
・・・よいわ、京へ人を遣って、当りを付けて瘠公卿の五六軒も尋ね廻らせたら、彼笛に似つこらしゅうて、あれよりもずんと好い、敦盛が持ったとか誰やらが持ったとかいう名物も何の訳無う金で手に入る。それを代りに与えて一寸あやまる。それで一切は済んで終う。た・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ある場面では日本の壇の浦の遠見の敦盛みたいに、オートバイが舞台の前から出て、遠くまで行ってむこうの高い橋を小さくなって走ってくるところを見せる。そこは操り人形になって来る。技術の上で非常に進歩的に、真面目に芸術的な効果の強い演出をやっている・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・心持の上で、祖母は死んでこの世から消滅し切ったものとは思えず、芝居でする遠見の敦盛のように、遙か彼方で小さく、まざまざと活き動いているのが見えるようだ。祖母の姿や声もはっきりしている。ふと、「おばあちゃん」と呼びかけたいような気持に・・・ 宮本百合子 「祖母のために」