出典:青空文庫
・・・それから平貝のフライを肴に、ちびちび正宗を嘗め始めた。勿論下戸の風中や保吉は二つと猪口は重ねなかった。その代り料理を平げさすと、二人とも中々健啖だった。 この店は卓も腰掛けも、ニスを塗らない白木だった。おまけに店を囲う物は、江戸伝来の葭・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・まず彼の目にはいったのは何とか正宗の広告を兼ねた、まだ火のともらない軒燈だった。それから巻いてある日除けだった。それから麦酒樽の天水桶の上に乾し忘れたままの爪革だった。それから、往来の水たまりだった。それから、――あとは何だったにせよ、どこ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・腰掛ではあるが、生灘をはかる、料理が安くて、庖丁の利く、小皿盛の店で、十二三人、気の置けない会合があって、狭い卓子を囲んだから、端から端へ杯が歌留多のようにはずむにつけ、店の亭主が向顱巻で気競うから菊正宗の酔が一層烈しい。 ――松村さん・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・アランや正宗白鳥のエッセイがいつ読んでも飽きないのは、そのステイルのためがあると思っている。このひと達へ作品からは結論がひきだせない。だから、繰りかえし読む必要があるし、そしてまたそれがたのしいのである。抜き書きをしない代り絶えず繰りかえし・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・なお、ほかに、私には気になる作家がある。正宗白鳥氏、内田百間氏。気になる余り、暇さえあれば読んでいる。川端氏、太宰氏の作品のうらにあるものは掴めるが、ああ、やってるなと思うが、もう白鳥、百間となると、気味がわるくてならない。怖い作家だ、巧い・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・ ここに言うホールとは、銀座何丁目の狭い、窮屈な路地にある正宗ホールの事である。 生一本の酒を飲むことの自由自在、孫悟空が雲に乗り霧を起こすがごとき、通力を持っていたもう「富豪」「成功の人」「カーネーギー」「なんとかフェラー」、「実・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・ 日蓮によれば、それは法華経をもって正宗としなければならぬ。 なぜなれば、法華経は了義経であって、その他の華厳経、大日経、観経を初め、已、今、当の一切の経は不了義経である。しかるに涅槃経によれば、依テ二了義経ニ一不レレ依ラ二不了義経・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・松木が答えないさきに、武石が脚もとから正宗の四合罎を出して来た。「沢山いいものを持って来とるよ。」 武石は、包みの新聞紙を引きはぎ、硝子戸の外から、罎をコーリヤの眼のさきへつき出した。松木は、その手つきがものなれているなと思った。「・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・食わしてくれろッてえんで帰っての今朝、自暴に一杯引掛けようと云やあ、大方男児は外へも出るに風帯が無くっちゃあと云うところからのことでもあろうが、プッツリとばかりも文句無しで自己が締めた帯を外して来ての正宗にゃあ、さすがのおれも刳られたア。今・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ 正宗得三郎。 この人の絵も私にはいつもなんとなく騒がしくわずらわしい感じがあって楽しめない。もう少し物事を簡潔につかんで作者が何を表現しようとしているかをわかりやすくしてほしいと思う。その人の「世界」を創造してほしい。 鍋井克之。・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」