出典:青空文庫
・・・耳にはいるのは几帳の向うに横になっている和泉式部の寝息であろう。春の夜の曹司はただしんかんと更け渡って、そのほかには鼠の啼く声さえも聞えない。 阿闍梨は、白地の錦の縁をとった円座の上に座をしめながら、式部の眼のさめるのを憚るように、中音・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・アカデミックな国文学者の著になる和泉式部の研究を土台として、一躍情熱の女詩人与謝野晶子への讚美となることの腑に落ちなさは一般文化人の胸にありつつ、何故輿論としてそれが発言されないのであろうか。文学に即して見れば、従来の国文学研究が実社会から・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 当時は風流と云い、あわれにやさしい趣と云って、恋愛も結婚も流れのうつるような形で、婦人は隷属せず行われたようでも現実には矢張り男の好きこのみで愛され、また捨てられ、和泉式部のような恋愛生活の積極的な行動力をもつ女性でも、つまるところは・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・崇拝に導いて、「桂冠詩人としての日本武尊だの、万葉の歌人たち、或いは恋愛の女詩人和泉式部の再発見という風に進んだ。日本の文学は、そのように古典を学んだことで、却って、現代文学としての砦の所在を消し、より早く軍御用とさせるに役立った。 婦・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・ 過去の国文学者は、自身の生活態度にも進歩的な意味での社会性を余り持たなかったため、例えば、保田与重郎氏が、先頃和泉式部論をかいて、藤岡博士の和泉式部観に反対し、結局は筆者自身、このよさが分らないものにこのよさは分らない、というような主・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・ 日本文学が、万葉集時代、源氏、枕草子その他の王朝文学から「和泉式部日記」「更級日記」「十六夜日記」の母としての女性、徳川時代の「女大学」の中の女の戒律がその反面に近松門左衛門の作品に幾多の女の悶えの姿を持っていることは、意味深い反省を・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」