出典:青空文庫
・・・高橋君は、それ以後、作家に限らず、いささかでも人格者と名のつく人物、一人の例外なく蛇蝎視して、先生と呼ばれるほどの嘘を吐き、などの川柳をときどき雑誌の埋草に使っていましたが、あれほどお慕いしていた藤村先生の『ト』の字も口に出しませぬ。よほど・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・いろはがるたや、川柳や、論語などに現わされている日常倫理の戒津だけでは、どうも生き難い。学術の権威のためにも、マルキシズムにかわる新しい認識論を提示しなければなるまい。ごまかしては、いけない。 これから文化人は、いそがしくなると思う。古・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・ ああ、いい名じゃない。川柳のさかさまだ。柳川鍋。いけない、あすからペンネームを変えよう。ところで、こいつは誰だったっけ。物凄いぶおとこだなあ。思い出した。うちの社へ、原稿を持ち込んで来た文学青年だ。つまらん奴と逢ったなあ。酔っていやが・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・後に俳諧から分岐した雑俳の枝頭には川柳が芽を吹いた。 連歌から俳諧への流路には幾多の複雑な曲折があったようである。優雅と滑稽、貴族的なものと平民的なものとの不規則に週期的な消長角逐があった。それが貞門談林を経て芭蕉という一つの大きな淵に・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 一般絵画に対する漫画の位置は、文学に対する落語、俳句に対する川柳のそれと似たところがないでもない。本質の上からはおそらく同じようなものであり得ると思われる。ただ落語や川柳には低級なあるいは卑猥な分子が多いように思われており、また実際そ・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・何も彼も時世時節ならば是非もないというような川柳式のあきらめが、遺伝的に彼の精神を訓練さしていたからである。身過ぎ世過ぎならば洋服も着よう。生れ落ちてから畳の上に両足を折曲げて育った揉れた身体にも、当節の流行とあれば、直立した国の人たちの着・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 三代目ということは、日本の川柳で極めてリアルに抉って描写されているが、今から先の三代目という時代の日本というものを文化の面でも切実深甚に考慮しなければならないのだろうと思う。世界は複雑に複雑にと推移しているのだから、単純きわまる主観人・・・ 宮本百合子 「明日の実力の為に」
・・・一家を、男ばかりできりまわせるものならば、妻を喪った男やもめに、蛆が湧くという川柳は出来なかった筈であると思う。 婦人が、天成の直観で、不具な形に出来上って人民の重荷であった過去の日本の「政治」に、自分たちをあてはめかねているのは、面白・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・日本の徳川末期、町人階級はそれを川柳・落首その他だじゃれに表現した。政治的に諷刺を具体化する境遇におかれていない鬱屈をそのようにあらわした。十八世紀のイギリスで、当時の上・中流社会人のしかつめらしい紳士淑女気質への嘲笑、旧き権威とその偽善へ・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
本郷の名物は、いろいろある。たべるものにも、見るものにも。このごろ三丁目のところにマーケット風な店をひろげている小間物店「かねやす」は江戸時代の川柳に「本郷もかねやすまでは江戸のうち」とよまれている。「赤門」も本郷名物・・・ 宮本百合子 「本郷の名物」