・・・ と新七を呼び捨てだ。新七はそれを聞いても、すこしも嫌な顔をしなかった。どこまでもこの友達の女房役として、共に事に当ろうとしていた。 昼近い頃には、ぽつぽつ食堂へ訪ねて来る客もあった。腰の低い新七は一々食堂の入口まで迎えに出て、客の・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 秋三は乞食から呼び捨てにされる覚えがなかった。「手前、俺を知っているのか?」「知るも知らんもあるものか。汝大きゅうなったやないか。」 秋三は暫く乞食の顔を眺めていた。すると、乞食は焦点の三に分った眼差しで秋三を斜めに見上げ・・・ 横光利一 「南北」
・・・これを叱るのは、僕には一番辛いことですが、影では、どうか何を云っても赦して貰いたい、工場の中だから、君を呼び捨てにしないと他のものが、云うことを聞いてはくれない、国のためだと思って、当分は赦してほしいと頼んであるんです。これは豪い男ですよ。・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫