・・・求馬はその頃から人知れず、吉原の廓に通い出した。相方は和泉屋の楓と云う、所謂散茶女郎の一人であった。が、彼女は勤めを離れて、心から求馬のために尽した。彼も楓のもとへ通っている内だけ、わずかに落莫とした心もちから、自由になる事が出来たのであっ・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・家元がどうの、流儀がどうの、合方の調子が、あのの、ものの、と七面倒に気取りはしない。口三味線で間にあって、そのまま動けば、筒袖も振袖で、かついだ割箸が、柳にしない、花に咲き、さす手の影は、じきそこの隅田の雲に、時鳥がないたのである。 そ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・また或る人たちが下司な河岸遊びをしたり、或る人が三ツ蒲団の上で新聞小説を書いて得意になって相方の女に読んで聞かせたり、また或る大家が吉原は何となく不潔なような気がするといいつつも折々それとなく誘いの謎を掛けたり、また或る有名な大家が細君にで・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・そうしているうちには、もともと人生と人間とを知ること浅く、無理な、過大な要求を相手にしているための不満なのだから、相方が思い直して、もっと無理のない、現実に根のある、しんみりした、健実な夫婦生活を立てていこうとするようになる。今さら・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 夫婦は相談して、とにかく一月分だけは明日渡して、栄蔵の村の者へ貸してあるものがあるから、あれを戻す様に尽力してもらって、入ったものの中から出した方が相方都合がいいときめた。「ああ云う病気は殆んど一生の病気なんですからねえ。・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・良人に愛され、母に愛され、その地上的愛の葛藤に苦しむよりは、相方が或強制を以て、人生を眺める方が、人格が深まるのかもしれないと云うような、稍々利己的な積極的解釈さえ加えて居たのである。 けれども、近頃、自分の心は、林町のことを思うと、暗・・・ 宮本百合子 「傾く日」
・・・ 人々は、結婚について語るとき、相方とも健康でなければならない、という。私たちは自然な理解でそれはそうだと思う。どちらが弱くても不幸だから、とおだやかにうけがって考える。けれどもそのうけがいは平静でやや実感から遠くあって、実際の結婚の営・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・三鷹電車区構内の整備第二詰所としようとしている古電車や、労働組合の事務所又はその附近、それから高相方などにおいて、よりより数回にわたって謀議が行われておりました。」 裁判長「飯田被告と他人と共謀の上とあるが、起訴当時ははっきりしていなか・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・重い空気がマグネシュームをたいてとられた写真の面に感じられるが、その雰囲気は率直に殺気立つものとは違った、寧ろ大変大人っぽい、謂わば相方とも腹のなかは心得きっている上での折衝と云う情景である。私は電燈の下で長いことその写真を眺めた。そして、・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・それが、此、刹那にすっかり位置が変り、相方の希望が一つの形に於て満されると云うことになったのではないだろうか。 後の代りがないことは、少くとも、自分には判り過る程解って居た。が、いざと云う時にはどうか成ろう。 正直に云うと此事より、・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫