・・・汽車は勿論そう云う間も半面に朝日の光りを浴びた山々の峡を走っている。「Tratata tratata tratata trararach」 芥川竜之介 「お時儀」
・・・嵩は半紙の一しめくらいある、が、目かたは莫迦に軽い、何かと思ってあけて見ると、「朝日」の二十入りの空き箱に水を打ったらしい青草がつまり、それへ首筋の赤い蛍が何匹もすがっていたと言うことです。もっともそのまた「朝日」の空き箱には空気を通わせる・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・ 燕はこのわかいりりしい王子の肩に羽をすくめてうす寒い一夜を過ごし、翌日町中をつつむ霧がやや晴れて朝日がうらうらと東に登ろうとするころ旅立ちの用意をしていますと、どこかで「燕、燕」と自分をよぶ声がします。はてなと思って見回しましたがだれ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・たとえば、ちょっとした空地に高さ一丈ぐらいの木が立っていて、それに日があたっているのを見てある感じを得たとすれば、空地を広野にし、木を大木にし、日を朝日か夕日にし、のみならず、それを見た自分自身を、詩人にし、旅人にし、若き愁いある人にした上・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・そんな流の末じゃあ決してない。朝日でとけた白雪を、そのまま見たかったのに相違ないのです。三島で下りると言うと、居士が一所に参って、三島の水案内をしようと言います。辞退をしましたが、いや、是非ひとつ、で、私は恐縮をしたんですがね。実は余り恐縮・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・際へ一人出て来たのが、これを見るとつかつかと下りた、黒縮緬三ツ紋の羽織、仙台平の袴、黒羽二重の紋附を着て宗十郎頭巾を冠り、金銀を鏤めた大小、雪駄穿、白足袋で、色の白い好い男の、年若な武士で、大小などは旭にきらきらして、その立派さといったらな・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 森の木陰から朝日がさし込んできた。始めは障子の紙へ、ごくうっすらほんのりと影がさす。物の影もその形がはっきりとしない。しかしその間の色が最も美しい。ほとんど黄金を透明にしたような色だ。強みがあって輝きがあってそうして色がある。その色が・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・点々として畑中白くなっているその棉に朝日がさしていると目ぶしい様に綺麗だ。「まアよくえんでること。今日採りにきてよい事しました」 民子は女だけに、棉の綺麗にえんでるのを見て嬉しそうにそう云った。畑の真中ほどに桐の樹が二本繁っている。・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・大阪朝日の待遇には余り平らかでなかったが、東京の編輯局には毎日あるいは隔日に出掛けて、海外電報や戦地の通信を瞬時も早く読むのを楽みとしていた。「砲声聞ゆ」という電報が朝の新聞に見え、いよいよ海戦が初まったとか、あるいはこれから初まるとか・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・坪内君、大阪朝日の土屋君、独逸のドクトルになってる渡辺龍聖君なぞと同時代だった。尤も拠ろない理由で籍を置いたので、専門学校の科程を履修しようというツモリは初めからなかったのだから、籍を置いたというだけで、殆んど出席しなかったが、坪内君の講義・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
出典:青空文庫