・・・大阪辺りの封建的な商家などで、女中さんの名前をお竹どんとかおうめどんにきめているところがあった。そういうふうな家では、小夜という娘もそこに働いているうちはお竹どんと呼ばれるが、宮中生活のよび名で宮中に召使われているものの名であった紫式部、清・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 其処には厚い布団に寝かされて大変背の高くなった叔父の体が在ったけれ共別に変な感じも持たずにその人の後に居ると、顔の辺りに掛けてある白い布をめくりながら、 御覧。と云って身をねじ向けた。 何だろうと思ってのり出した私・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 白夜の美しさはレーニングラード、それも雄大なネヴァ河の河岸の辺りの景色が忘れられない。この辺では白夜は一層情感的で、夜なかの十二時ごろやっと日が沈む。河岸を洗ってネヴァの流れる西の方の大都会の屋根屋根の間へ日は沈むのだけれど、窓に佇ん・・・ 宮本百合子 「モスクワ」
・・・ 木村は為事をするのに、差当りしなくてはならない事と、暇のある度にする事とを別けている。一つの机の上を綺麗に空虚にして置いて、その上へその折々の急ぐ為事を持って行く。そしてその急ぐ為事が片付くと、すぐに今一つの机の上に載せてある物をその・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・御承知の通り、わたくしの狂言はすっかり当りましたでしょう。あなたあの写真と競争をお始めなすってから、男前が五割方上がりましたよ。あの写真があなたをせびるようにして、あなたから出来るだけの美しさや、御様子のよさや、才智を絞り出してくれたのでご・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・身動をなさる度ごとに、辺りを輝らすような宝石がおむねの辺やおぐしの中で、ピカピカしているのは、なんでもどこかの宴会へお出になる処であったのでしょう。奥さまの涙が僕の顔へ当って、奥様の頬は僕の頬に圧ついている中に僕は熱の勢か妙な感じがムラムラ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・門をはいると右手に庭の植え込みが見え、突き当たりが玄関であったが、玄関からは右へも左へも廊下が通じていて、左の廊下は茶の間の前へ出、右の廊下は書斎と客間の前へ出るようになっていた。ところで、この書斎と客間の部分は、和洋折衷と言ってもよほど風・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫