・・・それを、そんな風にあっさり引き受けてしまったのは、欲から出たことだ……と、思われたくない。事実またそんな気はなかった。 いかにおれの精神が腐っていたからといって、まさか恋敵のお前を利用して、金銭欲を満足させようなどとは、思いも寄らぬ、実・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・あれば貸すんだがと弁解すると、いや、構めへん、構めへんとあっさり言う。しかし、その何気ない言い方が、思いがけなく皆の心につき刺さるのだ。皆は自分たちの醜い心にはじめて思いあたり、もはやあの人の前で頭の上がらぬ想いに顔をしかめてしまうのだった・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・そうあっさりと、びっくりしてたまるか。おい、亀公、お前この俺を一ぺんでもびっくりさせることが出来たら、新円で千円くれてやらア」 蓄膿症をわずらっているらしくしきりに鼻をズーズーさせている亀吉の顔を、豹吉はにこりともせず眺めて、「――・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・対人関係について淡白枯淡、あっさりとして拘泥せぬ態度をとるということも一つの近代的な知性ではあるが、私たちとしてはそれをとらない。やはり他人を愛し信じたのんだ上でやむなくば傷つきもし、嘆きもした方がいい。 わが国でも大正末期ごろにはそう・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 娘さんは、その青年とあっさり結婚する気でいるようであった。 先夜、私は大酒を飲んだ。いや、大酒を飲むのは、毎夜の事であって、なにも珍らしい事ではないけれども、その日、仕事場からの帰りに、駅のところで久し振りの友人と逢い、さっそく私・・・ 太宰治 「朝」
・・・記者というものは柄が悪い、と世間から言われているようですけれども、大谷さんにくらべると、どうしてどうして、正直であっさりして、大谷さんが男爵の御次男なら、記者たちのほうが、公爵の御総領くらいの値打があります。大谷さんは、終戦後は一段と酒量も・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・私、ただいま、年に二つ、三つ、それも雑誌社のお許しを得て、一篇、十分くらいの時間があれば、たいてい読み切れるような、そうして、読後十分くらいで、きれいさっぱり忘れられてしまうような、たいへんあっさりした短篇小説、二つ、三つ、書かせていただき・・・ 太宰治 「喝采」
・・・「そんなに痛かったら、あっさり白状して断れば、よかったんだ。」「それが僕の弱さだ。断れなかったんだ。」「そんなに弱くて、どうしますか。」いよいよ私を軽蔑する。「男一匹、そんなに弱くてよくこの世の中に生きて行けますね。」生意気なやつで・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・は、妙にあっさりお世辞を言うネ。酒の席などで、作家はさすがにそうではないけれども、君たちは、ああ、太宰さんですか、お逢いしたいと思っていました、あなたの、××という作品にはまいりました、握手しましょう、などと言い、こっちはそうかと思っている・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・姉というのはもう、初老のあっさりしたおかみさんだった。 何せ、借りが利くので重宝だった。僕は客をもてなすのに、たいていそこへ案内した。僕のところへ来る客は、自分もまあこれでも、小説家の端くれなので、小説家が多くならなければならぬ筈なのに・・・ 太宰治 「眉山」
出典:青空文庫