・・・末弟は小声であっさり白状した。「僕のは下手だったろうね。どうせ下手なんだからね。」ひとりで、さかんに自嘲をはじめた。「そうでもないわよ。今回だけは、大出来よ。」「そうかね。」末弟の小さい眼は喜びに輝いた。「ねえさん、うまく続けて・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・やはり小説を書くほどの男には、どこか、あっさりしたところがある。イナセだよ。モオツアルトを聞けば、モオツアルト。文学青年と逢えば、文学青年。自然にそうなって来るんだから不思議だ。「それじゃあ、今夜は、大いに文学でも談じてみますか。僕は、・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・はわりにあっさりしているので「馬」を見るのに邪魔にならなくていい。それで、この映画は、まだ馬というものを知らない観客に、この不思議な動物の美しさとかわいさをいくらかでも知らせる手引き草として見たときには立派に成効したものと言ってもいいかと思・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・といったようなふうで、あっさりと見切りをつけて結局このけんかはもの別れになるらしい。蛇のほうはやはり受動的であって、こっちから追っかけて行って飽くまで勝負を迫るほどの執念はなさそうである。 このような大蛇と虎の闘争が実際にしばしばジャン・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・が、その時の私の腹の虫の居所がよほど悪かったと見えて、どうもそういうあっさりした気になれなかった。別の切符を出すのはつまり自分の無実の罪を承認する事になるような気がしたので、私はそのまま黙って車を下りてしまった。車掌は踏台から乗り出すように・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・媚びず怒らず詐らず、しかも鷹揚に食品定価の差等について説明する、一方ではあっさりとタオルの手落ちを謝しているようであった。 しかし悲しいことにはこのたぶん七十歳に遠くはないと思われる老人には今日が一九三五年であることの自覚が鮮明でないら・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・そのかわりまたなんとなくあっさりした野の花のような趣はあった。同じ種類の花でありながら培養の方法や周囲の状況の相違でこれほどにもちがったものができるかと思った。土の性質、肥料や水の供給、それから光線や温度の関係で同じ種から貴族と平民が生まれ・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・その文句は、有難う、いずれ拝顔の上とか何とかあるだけで、すこぶる簡単かつあっさりしていた。ちっとも「其面影」流でないのには驚いた。長谷川君の書に一種の風韻のある事もその時始めて知った。しかしその書体もけっして「其面影」流ではなかった。 ・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・娘一人、徐に歩み入る、派手なる模様あるあっさりとしたる上着を着、紐を十字に結びたる靴を穿き、帽子を着ず、頸の周囲にヴェエルを纏娘。あの時の事を思えば、まあ、どんなに嬉しかったろう。貴方はもう忘れておしまいなされたか。貴方はわたしを非・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 画面の左手に、あっさり鳥居がおかれている。画面の重心を敏感にうけて、その鳥居が幾本かの松の幹より遙に軽くおかれているところも心にくいが、その鳥居の奥下手に、三人ずつ左右二側に居並んでいる従者がある。 同じ人物でありながら、この三人・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
出典:青空文庫