・・・或る種の眼には実にわがもの顔に文学の領域を踏みあらしていたと思われる左翼の文学が、今やそのような形で自身への哀歌を奏している姿は、一種云うに云えない交錯した感覚であったろう。 転向文学と云われた作品はそれぞれの型の血液を流したが、それは・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ どくろに蛙がとまっている飾もの 掛ものは歌集のきれ くまもなきかゝ見と見ゆる月影に こゝろうつさぬ人もあらしな 云々○近さァを区長にせよう思っとったら洗濯もんの騒ぎしよったから どうとも云い出せんようになってしも・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・少し耳の遠い出歯の、正直な男で、子供の居た先住の人が住み荒した廊下、障子、風呂場、台所の手入れに、大工をつれたり、自分で来たりして、助けて呉れたのである。自分は、掃除には一度も来られなかった。二十日以後から体の工合が悪く、熱を出して床につい・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ その間接の原因となるものは、一昨年の末から去年にかけてプロレタリア作家の間を荒した批評嫌悪症のさまざまの要因が、今はプロレタリア文学運動の歴史の鏡に照らされて相当はっきり私にも見えて来たことと、そこから汲みとったいろいろの教訓をもって・・・ 宮本百合子 「近頃の感想」
・・・ 破産までさせられて、自棄になった彼の前の小作人が半ば復讐的に荒して行ったのだともいう、石っころだらけの、どこからどう水を引いたらいいのかも分らないように、孤立している田地を見たとき、禰宜様宮田は思わず溜息を洩した。 いったいどこか・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 片意志(で見にくい怒り奴がそろそろとわしの心の臓を荒しはじめたわ、退り居ろう。 何の□□(わしは賢明なのじゃからの。紙に書いつけた文字は見た所だけは美くしいものじゃ。 又見とうなくば破く事も焼きすてる事も出来るものじゃ。 人間・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・雨戸の閉った玄関傍のつわ蕗や沈丁花の下には、いやと云う程、野犬の荒した跡がある。 隣りとの境の垣根もすけすけになった処には、塵くたが無責任に放り込んである。 余り空が明るく、太陽の光りが美しいので、幾十日か人気なく捨てられて居た家は・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ 女は雀でない、大きいものが粟をあらしに来たのを知った。そしていつもの詞を唱えやめて、見えぬ目でじっと前を見た。そのとき干した貝が水にほとびるように、両方の目に潤いが出た。女は目があいた。「厨子王」という叫びが女の口から出た。二人は・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・なんでも鶏が垣を踰えて行って畠を荒らして困まるということらしい。それを主題にして堂々たる Philippica を発しているのである。女はこんな事を言う。豊前には諺がある。何町歩とかの畑を持たないでは、鶏を飼ってはならないというのである。然・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫