・・・流水濁らず、奔湍腐らず、御心境日々に新たなる事こそ、貴殿の如き芸術家志望の者には望ましく被存候。茶会御出席に依り御心魂の新粧をも期し得べく、決してむだの事には無之、まずは欣然御応諾当然と心得申者に御座候。頓首。 ことしの夏、私は、このよ・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・また五分くらいすると不意に思い出したように一陣の風がどうっと吹きつけてしばらくは家鳴り震動する、またぴたりと止む、するとまた雨の音と川瀬のせせらぎとが新たな感覚をもって枕に迫って来る。 高い上空を吹いている烈風が峰に当って渦流をつくる。・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・が発生し延びて行く、左の手を伸ばされるだけ伸ばしたところでその手をあげて今できあがっただけの糸を紡錘に通した竹管に巻き取る、そうしておいて再び左手を下げて糸を紡錘の針の先端にからませて撚りをかけながら新たな糸を引き出すのである。大概車の取っ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・がいし船の早さに驚いてあれは何船と問い給えば御附きの人々かしこまりて、あれはちがい船なればかく早くこそと御答え申せば、さらばそのちがい船を造れと仰せられし勿体なさと父上の話に皆々またどっと笑う間に船は新田堤にかかる。並んで行く船に苅谷氏も乗・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・一曲は疾くにやんで新たなる一曲を始めたと見える。あまり旨くはない。「蜜を含んで針を吹く」と一人が評すると「ビステキの化石を食わせるぞ」と一人が云う。「造り花なら蘭麝でも焚き込めばなるまい」これは女の申し分だ。三人が三様の解釈をし・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・元来なら記憶を新たにするため一応読み返すはずであるが、読むと冥々のうちに真似がしたくなるからやめた。 一 夢 百、二百、簇がる騎士は数をつくして北の方なる試合へと急げば、石に古りたるカメロットの館には、ただ王妃ギニヴ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・校の官立なりしものを私立に変ずるときは、学校の当局者は必ず私有の心地して、百事自然に質素勤倹の風を生じ、旧慣に比して大いに費用を減ずべきはむろん、あるいはこれを減ぜざれば、旧時同様の資金をもってさらに新たに学事を起すに足るべし。今の官立校と・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・で、私は露語の所謂ストリャッフヌストと云ったような時代……つまりこびり着いて居る思想の血を払って、新たな清い生活に入ろうとする過渡の時代のように今を思う。思想じゃ人生の意義は解らんという結論までにゃ疾くに達しているくせに、まだまだ思想に未練・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・余はこの新たらしい配合を見つけ出して非常に嬉しかった。或夜夕飯も過ぎて後、宿屋の下女にまだ御所柿は食えまいかというと、もうありますという。余は国を出てから十年ほどの間御所柿を食った事がないので非常に恋しかったから、早速沢山持て来いと命じた。・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・それが破綻であるか、或いは互いに一層深まり落付き信じ合った愛の団欒か、互いの性格と運とによりましょが、いずれにせよ、行きつくところまで行きついてそこに新たな境地を開かせる本質が恋愛につきものなのです。 自然は、人間の恋愛を唯だ男性と・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
出典:青空文庫