・・・白い花の傍へ行っては検索表と照し合せて見る。箱根うつぎ、梅花うつぎ――似たようなものはあってもなかなか本物には打つからなかった。それがある日とうとう見つかった。一度見つかったとなるとあとからあとからと眼についた。そして花としての印象はむしろ・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・ その中でも前に住む大工は年ごろが私と同じですし、朝出かける時と、晩帰える時とが大概同じでございますから始終顔を合わせますのでいつか懇意になり、しまいには大工の方からたびたび遊びに来るようになりました。 大工は名を藤吉と申しましたが・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・二人が共同の使命を持ち、それを神聖視しつつ、二人の恋愛をこれにあざない合わせていくというようなことであれば、これは最も望ましい場合である。 七 私の経験と、若干の現実的示唆 以上は青年学生としての恋愛一般の掟の如きも・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・五円札と、五十銭札と、一円札とが合せて十円ぐらい入っている。母が、薪出しをしてためた金を内所で入れといてくれたのだろう。「おい、おい。お守りの中から金が出てきたが。」 吉永は嬉しそうに云った。「何だ。」「お守りの中から金が出・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・と唄い終ったが、末の摘んで取ろの一句だけにはこちらの少年も声を合わせて弥次馬と出掛けたので、歌の主は吃驚してこちらを透かして視たらしく、やがて笑いを帯びた大きな声で、「源三さんだよ、憎らしい。」と誰に云ったのだか分らない・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ 前から来るのを、のんびりと待ち合せてゴトン/\と動く、あの毎日のように乗ったことのある西武電車を、自動車はせッかちにドン/\追い越した。風が頬の両側へ、音をたてゝ吹きわけて行った、その辺は皆見慣れた街並だった。 N駅に出る狭い道を・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・と大吉が例の額に睨んで疾から吹っ込ませたる浅草市羽子板ねだらせたを胸三寸の道具に数え、戻り路は角の歌川へ軾を着けさせ俊雄が受けたる酒盃を小春に注がせてお睦まじいとおくびより易い世辞この手とこの手とこう合わせて相生の松ソレと突きやったる出雲殿・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ところがねえ、本物の鶯が僕に調子を合わせていると思ったのは、大間違いサ。それが隣の家に泊まっている大学生サ。」 何かしら常に不満で、常にひとりぼっちで、自分のことしか考えないような顔つきをしている三郎が、そんな鶯のまねなぞを思いついて、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・それを知らぬ振りに取りつくろって、自分でもその夢に酔って、世と跋を合わせて行くことは、私にはだんだん堪えがたくなって来た。自分の作った人生観さえ自分で信ずることの出来ない私であるから、まして他人の立てた人生観など、そのまま受け入れることの出・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・みんなが云い合せたように目を小さくつぶらなくてはならないほど光を放つようになる。そのうち天から暖かい黄金がみなのジャケツの上に降って来て、薄い羅紗の地質を通して素肌の上に焼け付くのである。男等は皆我慢の出来ないほどな好い心持になった。 ・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
出典:青空文庫