・・・まえにも何回となく言って言い馴れているような諳誦口調であって、文章にすればいくらか熱のある言葉のようにもみえるが実際は、れいの嗄れた陰気くさい低声でもってさらさら言い流しているだけのことなのである。「馬場は全然だめです。音楽を知らない音・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・八歳になるまでは一銭の小使いも与えられず、支那の君子人の言葉を暗誦することだけを強いられた。三郎はその支那の君子人の言葉を水洟すすりあげながら呟き呟き、部屋部屋の柱や壁の釘をぷすぷすと抜いて歩いた。釘が十本たまれば、近くの屑屋へ持って行って・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・一通りの定まった版行で押した項目だけを暗誦的に説明してしまえばそれでもうおしまいで先様御代りである。少し詳しく立止まって見たいと思う者があっても、大勢に追従して素通りをしてしまわなければならない。吾人が学校で学問を教わるのは丁度このようなも・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・新年になると着なれぬ硬直な羽織はかまを着せられて親類縁者を歴訪させられ、そして彼には全く意味の分らない祝詞の文句をくり返し暗誦させられた事も一つの原因であるらしい。そして飲みたくない酒を嘗めさせられ、食いたくない雑煮や数の子を無理強いに食わ・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・女車掌が蟋蟀のような声で左右の勝景を紹介し、盗人厩の昔話を暗誦する。一とくさり述べ終ると安心して向うをむいて鼻をほじくっているのが憐れであった。十国峠の無線塔へぞろぞろと階段を上って行く人の群は何となく長閑に見えた。 熱海へ下る九十九折・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・記憶がよくて旧約全書の聖歌を暗誦したりした。環境には何ら科学的の刺戟はなかったが、塩水に卵の浮く話を聞いて喜んで実験したり、機関車二台つけた汽車を見てその効能を考えたりした。伯母に貰った本で火薬の製法を知り、薬屋でその材料を求めて製造にかか・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・と、海道下りの一節を暗誦して人を驚すことが出来るが、その代り書きかけている自作の小説の人物の名を忘れたりまたは書きちがえたりすることがある。 鶯の声も既に老い、そろそろ桜がさきかけるころ、わたくしはやっと病褥を出たが、医者から転地療養の・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・たとえば英語の教師が英語に熱心なるのあまり学生を鞭撻して、地理数学の研修に利用すべき当然の時間を割いてまでも難句集を暗誦させるようなものである。ただにそれのみではない、わが専攻する課目のほか、わが担任する授業のほかには天下又一の力を用いるに・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・s wherein ……………………………………4 brothers' names who list to serche the grovnd.女はこの句を生れてから今日まで毎日日課として暗誦したように一種の口調をもって誦し了っ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・歳月の間に其子供等は小学を勉強して不孝の子となり、女大学を暗誦して婬婦となり、儒教の家庭より禽獣を出したるこそ可笑しけれ。左れば男女交際は外面の儀式よりも正味の気品こそ大切なれ。女子の気品を高尚にして名を穢すことなからしめんとならば、何は扨・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫