・・・ 田宮は薄痘痕のある顔に、一ぱいの笑いを浮べたなり、委細かまわずしゃべり続けた。「今日僕の友だちに、――この缶詰屋に聞いたんだが、膃肭獣と云うやつは、牡同志が牝を取り合うと、――そうそう膃肭獣の話よりゃ、今夜は一つお蓮さんに、昔のな・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「委細を聞き終った日錚和尚は、囲炉裡の側にいた勇之助を招いで、顔も知らない母親に五年ぶりの対面をさせました。女の言葉が嘘でない事は、自然と和尚にもわかったのでしょう。女が勇之助を抱き上げて、しばらく泣き声を堪えていた時には、豪放濶達な和・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・そうして是非一度若旦那に御目にかかって、委細の話をしたいのだが、以前奉公していた御店へ、電話もまさかかけられないから、あなたに言伝てを頼みたい――と云う用向きだったそうです。逢いたいのは、こちらも同じ思いですから、新蔵はほとんど送話器にすが・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ そこで、卓子に肱をつくと、青く鮮麗に燦然として、異彩を放つ手釦の宝石を便に、ともかくも駒を並べて見た。 王将、金銀、桂、香、飛車、角、九ツの歩、数はかかる境にも異はなかった。 やがて、自分のを並べ果てて、対手の陣も敷き終る折か・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 古女房は委細構わず、笊の縁に指を掛けた。「そうですな、これでな、十銭下さいまし。」「どえらい事や。」 と、しょぼしょぼした目をみはった。睨むように顔を視めながら、「高いがな高いがな――三銭や、えっと気張って。……三銭が・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・酒屋は委細構わず、さっさと片づけて店へ引込えい。はッ、静御前様。(急に恐入ったる体やあ、兄弟、浮かばずにまだ居たな。獺が銜えたか、鼬が噛ったか知らねえが、わんぐりと歯形が残って、蛆がついては堪らねえ。先刻も見ていりゃ、野良犬が嗅いで嗅放しで・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・老人、君の如き異才を見るの明がなくして意外の失礼をしたと心から深く詫びつつ、さてこの傑作をお世話したいが出版先に御希望があるかと懇切に談合して、直ぐその足で金港堂へ原稿を持って来た。「イヤ、実に面白い作で、真に奇想天来です。」と美妙も心・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・自から不自由の中に軌範の立ち籠って、政治の前衛をもって任ずるものは、自から異いますが、なるべく、多くの異彩ある作家が輩出して、都会を、農村をいろ/\の眼で見、描写しなければならぬと思います。 作家は、何ものにも囚われてはなりません。もし・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・それで納得のいった吉田ははじめてそうではない旨を返事すると、その女はその返事には委細かまわずに、「その病気に利くええ薬を教えたげまひょか」 と、また脅かすように力強い声でじっと吉田の顔を覗き込んだのだった。吉田は一にも二にも自分が「・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 二郎は病を養うためにまた多少の経画あるがためにと述べたり、されどその経画なるものの委細は語らざりき。人々もまたこれを怪しまざるようなり。かれが支店の南洋にあるを知れる友らはかれ自らその所有の船に乗りて南洋に赴くを怪しまぬも理ならずや。・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
出典:青空文庫