・・・そのかわりにそのカメラの視野内に起こった限りの現象は必然的なものも偶然的なものも委細かまわず細大もらさず記録され再現されるのである。たとえば幕が落ちる途中でちょっと一時何かに引っかかったが、すぐに自然にはずれて首尾よく落ちる、その時の幕の形・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・四千万の愚物と天下を罵った彼も住家には閉口したと見えて、その愚物の中に当然勘定せらるべき妻君へ向けて委細を報知してその意向を確めた。細君の答に「御申越の借家は二軒共不都合もなき様被存候えば私倫敦へ上り候迄双方共御明け置願度若し又それ迄に取極・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・さてその最後の判断と云えば善悪とか優劣とかそう範疇はたくさんないのですが無理にもこの尺度に合うようにどんな複雑なものでも委細御構なく切り約められるものと仮定してかかるのであります。中味は込入っていて眼がちらちらするだけだからせめて締括った総・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・「あの下女は異彩を放ってるね」と碌さんが云うと、圭さんは平気な顔をして、「そうさ」と何の苦もなく答えたが、「単純でいい女だ」とあとへ、持って来て、木に竹を接いだようにつけた。「剛健な趣味がありゃしないか」「うん。実際田舎・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・この事はもっと委細に御話したいが時間がないから略して次に移ります。精神作用の第三は意志であります。この意志が文芸的にあらわれ得るためには、やはり前述の条件に従って、感覚的な物を通じて具体化されなくてはなりません。そうすると、感覚的な物は・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 運慶は見物人の評判には委細頓着なく鑿と槌を動かしている。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、仁王の顔の辺をしきりに彫り抜いて行く。 運慶は頭に小さい烏帽子のようなものを乗せて、素袍だか何だかわからない大きな袖を背中で括ってい・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・まずここへでも一つあたってみようと云う気になったから直ぐ手紙を書いて、宿料その他委細の事を報知して貰いたい、小生の身分はかくかく職業はかくかく、なるべく低廉でなるべく愉快な処に住みたいと勝手な事をかいてやった。 その夜の十時頃自分の室で・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・しかれども洒堂のこれらの句は元禄の俳句中に一種の異彩を放つのみならず、その品格よりいうも鳩吹、刈株の句のごときは決して芭蕉の下にあらず。芭蕉がこの特異のところを賞揚せずして、かえってこれを排斥せんとしたるを見れば、彼はその複雑的美を解せざり・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・半之助も顔色青ざめ委細承知と早口に申し候。扨、小僧ますをとりて酒を入れ候に、酒は事もなく入り、遂に正味一斗と相成り候。山男大に笑いて二十五文を置き、瓢箪をさげて立ち去り候趣、材木町総代より御届け有之候。」 これを読んだとき、工芸学校の先・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・ 江戸っ子気の、他人のために女ながら出来るだけつくす主義の主婦は、自分に出来るだけの事は仕てやる気になって、とかく渋り勝ちな栄蔵の話に、言葉を足し足しして委細の事を云わせた。 結局は、栄蔵の顔を見た瞬間に直覚した通り金の融通で、毎月・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫