・・・「眼中仁なき悪徳医師」「誤診と投薬」「薬価二十倍」「医者は病気の伝播者」「車代の不可解」「現代医界の悪風潮」「只眼中金あるのみ」などとこれをちょっと変えれば、そのまま川那子メジシンに適用できるような題目の下に、冒頭からいきなり――現代の医者・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・家賃を支払う意志なくして他人の家屋に入ったものと認められても仕方が無いことになるからね。そんなことで打込まれた人間も、随分無いこともないんだから、君も注意せんと不可んよ。人間は何をしたってそれは各自の自由だがね、併し正を踏んで倒れると云う覚・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「小田のようなのは、つまり悪疾患者見たいなもので、それもある篤志な医師などに取っては多少の興味ある活物であるかも知れないが、吾々健全な一般人に取っては、寧ろ有害無益の人間なのだ。そんな人間の存在を助けているということは、社会生活という上から・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・何だか身体の具合が平常と違ってきて熱の出る時間も変り、痰も出ず、その上何処となく息苦しいと言いますから、早速かかりつけの医師を迎えました。その時、医師の言われるには、これは心臓嚢炎といって、心臓の外部の嚢に故障が出来たのですから、一週間も氷・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・彼はもう縦のものを横にするにも、魅入られたような意志のなさを感じていた。彼が何々をしようと思うことは脳細胞の意志を刺戟しない部分を通って抜けてゆくのらしかった。結局彼はいつまで経ってもそこが動けないのである。―― 主婦はもう寝ていた。生・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・さては大方美しき人なるべし。何者と重ねて問えば、私は存じませぬとばかり、はや岡焼きの色を見せて、溜室の方へと走り行きぬ。定めて朋輩の誰彼に、それと噂の種なるべし。客は微笑みて後を見送りしが、水に臨める縁先に立ち出でて、傍の椅子に身を寄せ掛け・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・わば昔風の家に育ちしただの女が初めて子を持ちしまでゆえ、無論小児を育てる上に不行き届きのこと多きに引き換え、母上は例の何事も後へは退かぬご気性なるが上に孫かあいさのあまり平生はさまで信仰したまわぬ今の医師及び産婆の注意の一から十まで真っ正直・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・ 僕は酒を飲むことを里子からも医師からも禁じられて居ます。けれども如何でしょう。此のような目に遇って居る僕がブランデイの隠飲みをやるのは、果て無理でしょうか。 今や僕の力は全く悪運の鬼に挫がれて了いました。自殺の力もなく、自滅を待つ・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・されど母上はなお貴嬢が情けの変わりゆきし順序をわれに問いたまいたれど、われいかでこの深き秘密を語りつくし得ん、ただ浅き知恵、弱き意志、順なるようにてかえって主我の念強きは女の性なるがごとしとのみ答えぬ。げにわれは思う、女もし恋の光をその顔に・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
出典:青空文庫