・・・と言いますので、医師に相談しますと、医師はこの病気は心臓と腎臓の間、即ち循環故障であって、いくら呑んでも尿には成らず浮腫になるばかりだから、一日に三合より四合以上呑んではよくないから、水薬の中へ利尿剤を調合して置こうと言って、尿の検査を二回・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・「僕がそんなマニヤのことを言う以上僕にも多かれ少なかれそんな知識があると思っていいでしょう」 その青年の顔にはわずかばかりの不快の影が通り過ぎたが、そう答えて彼はまた平気な顔になった。「そうだ。いや、僕はね、崖の上からそんな興味・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・彼はその異常な光景に昂奮して涙ぐんだ。風のない夜で涼みかたがた見物に来る町の人びとで城跡は賑わっていた。暗のなかから白粉を厚く塗った町の娘達がはしゃいだ眼を光らせた。 今、空は悲しいまで晴れていた。そしてその下に町は甍を並べていた。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・しかし胎児には異状はなかったらしかった。そのあとで信子は夫に事のありようを話した。行一はまだ妻の知らなかったような怒り方をした。「どんなに叱られてもいいわ」と言って信子は泣いた。 しかし安心は続かなかった。信子はしばらくして寝ついた・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ただ以上の事だけがはっきりと頭に残っているのです。 木村はその後二月ばかりすると故郷へ帰らなければならぬ事になり、帰りました。 そのわけはなんであろうか知りませんが、たぶん学資のことだろうと私は覚えています。そして私には木村が、たと・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 人間が、文化と、精神と霊とを持っているのでなかったら夫婦道というものは初めから無理で意味をなさないのだから、夫婦になる以上は性に関する、文化的、精神的、霊的要求を充分に夫婦道に盛るべきだ。そういう愛を互いに期待すべきだ。だからこのごろ・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ ゴーゴリと、モリエール、は、あるときは、トルストイ以上に好きだった。喜劇を書いても、諷刺文学を書いても、それで、人をおかしがらせたり、面白がらせたりする意図で書くのでは、下らない。悲劇になる、痛切な、身を以て苦るしんだ、そのことを喜劇・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・「異状無ァし!」 鉄橋の警戒隊は列車の窓を見上げて叫んだ。「よろしい! 前進。」 そして、列車は轟然たる車輪の響きを高めつゝ橋にさしかゝった。速力は加わったようだった。線路はどこまでも二本が平行して完全だった。ところが、中ほ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・で、紳士たる以上はせめてムダ金の拾万両も棄てて、小町の真筆のあなめあなめの歌、孔子様の讃が金で書いてある顔回の瓢、耶蘇の血が染みている十字架の切れ端などというものを買込んで、どんなものだいと反身になるのもマンザラ悪くはあるまいかも知らぬ。・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 三 いやしくも、狂愚にあらざる以上、なんびとも永遠・無窮に生きたいとはいわぬ。しかも、死ぬなら天寿をまっとうして死にたいというのが、万人の望みであろう。一応は無理からぬことである。 されど、天命の寿命をまっと・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫