・・・ すなわち今の事態を維持して、門閥の妄想を払い、上士は下士に対して恰も格式りきみの長座を為さず、昔年のりきみは家を護り面目を保つの楯となり、今日のりきみは身を損じ愚弄を招くの媒たるを知り、早々にその座を切上げて不体裁の跡を収め、下士もま・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・抑も子宮の字は洋語の Uterusに当り、相互直訳の文字にして、西洋諸国に於ては医師社会に限りて之を用い、診察治療の必要に迫れば極内々に患者又は其家人に之を告ぐるのみ。医事に関する要談の外に、西洋国人の口よりユーテルスの語を聞かんと欲するも・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・したがお前の心を探って見ると、一旦は軽はずみに許したが男のいう言は一度位ではあてにならぬと少し引きしめたように見えたので、こちらも意地になり、女の旱はせぬといったような顔して、疎遠になるとなく疎遠になって居たのだが、今考えりゃおれが悪かった・・・ 正岡子規 「墓」
・・・と云いながら画かきはまた急に意地悪い顔つきになって、斜めに上の方から軽べつしたように清作を見おろしました。 清作はすっかりどぎまぎしましたが、ちょうど夕がたでおなかが空いて、雲が団子のように見えていましたからあわてて、「えっ、今晩は・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・諸君、吾人は内外多数の迫害に耐えて、今日迄ビジテリアン同情派の主張を維持して来た。然もこれ未だ社会的に無力なる、各個人個人に於てである。然るに今日は既にビジテリアン同情派の堅き結束を見、その光輝ある八面体の結晶とも云うべきビジテリアン大祭を・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
宮本顕治には、これまで四冊の文芸評論集がある。『レーニン主義文学闘争への道』『文芸評論』『敗北の文学』『人民の文学』。治安維持法と戦争との長い年月の間はじめの二冊の文芸評論集は発禁になっていた。著者が十二年間の獄中生活から・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・門衛がいるが、一向意地わるそうでもないし、うたぐり深い目つきもしていない。「受付はどこでしょう」と私がきいたら『プラウダ』をよみかけていたままの手をうごかして、「ずっと真直入って行くと右側に二つ戸がある、先の方のドアですよ」・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・日本の親のいじらしい心は、他の半面で、日本の軍国主義社会を支え維持させて行く大きな経済的社会的基盤となった。というのは「うちの息子は学問ができて人物もしっかりしているのに、金がないばかりに大学へやれない。知事や大臣にはなれなくても、せめて軍・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・ 農家を維持するに必要な最小限の耕地面積は略一町七反であると云われている。 ところが実際では日本の全耕地所有農家の約半数が五反未満の田畑をもっているに過ない。 玄米一石の生産費自作農二五円八七銭 小作農二八円七一銭・・・ 宮本百合子 「新しき大地」
・・・七十万人近くを殺し八百三十余万人の戦災者を出し、未亡人と遺児たちを作った。 私たちの人間らしいやりかたには、今はまだ小さくとも、納得出来る力を、自分たちのものとして守り立てて大きくして行くところにある。赤坊は、すぐものの役に立たない。資・・・ 宮本百合子 「婦人の一票」
出典:青空文庫