・・・「いゝえ、もう積金も何もえいせに、その警察へ何するんだけは怺えておくんなされ!」「いや、怺えることはならん!」「いゝえ、どうぞ、その、警察へ何するんだけは怺えておくんなされ!」与助は頭を下げこんだ。―― とうとう、彼は、空手・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・「健やんが云よったが、今日び景気がえいせに高等商業を出たらえらい銭がとれるんじゃとい。」 彼等は、ランプの芯を下げて、灯を小さくやっとあたりが見分けられる位いにして仕事をした。それでも一升買ってきた石油はすぐなくなった。夜なべ最中に・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・わたしも、馬鹿でごいせん。来たら来たと、かならずあなたのところさ、知らせに行きます。その時は、どうか、よろしくお願いします。」「おう、そうか、」と私は苦笑して、「さっきの咳ばらいは、おれの空耳であったべな。こうなると、どうも、男よりも女・・・ 太宰治 「嘘」
・・・「そうでごいせん。娘です。あい。わしの末娘でごいす。」「なるべくなら、御本人をよこして下さい。」 と言いながら、局員は爺さんにお金を手渡す。 かれは、お金を受取り、それから、へへん、というように両肩をちょっと上げ、いかにもず・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・船酔いせぬように神に念じた。船には、まるっきり自信が無かった。心細い限りである。ゆらゆら動く、死んだ振りをしていようと思った。眼をつぶって、じっとしていた。 何しに佐渡へなど行くのだろう。自分にも、わからなかった。十六日に、新潟の高等学・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却って、「ああせいせいした。どうもからだに恰度合うほど稼いでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣りにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ブーンととんで来るきまぐれものよ御前の名前は何と云う丸いからだで短い足でそれでたっしゃにとぶ事ネ私は前からそう思うころがる方がうまかろとむぎわらざいくのそのような青いせなもつ火取虫ガスのまわりをブンブ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・「飯はちょっともないのやわ、こんなもんでも好けりゃ食べやいせ。」「そうかな、大きに大きに。」「塩が足らんだら云いや。」「結構結構。」 安次は茶碗からすが眼を出して口を動かした。「こりゃええ、麦粉かな?」「こりゃ麦・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫