・・・そしてこの一事が、僕のニイチェから受けた教育のあらゆる「全体のもの」なのである。 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・その上にもニイチェの名は、一時日本文壇の流行児でさへもあつた。丁度大正時代の文壇で、一時トルストイやタゴールが流行児であつた如く、ニイチェもまたかつて流行児であつた。そしてトルストイやタゴールが廃つた如く、ニイチェもまた忽ちに廃つてしまつた・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ ベルが段々調子を上げ、全で余韻がなくなるほど絶頂に達すると、一時途絶えた。 五人の坑夫たちは、尖ったり、凹んだりした岩角を、慌てないで、然し敏捷に導火線に火を移して歩いた。 ブスッ! シュー、と導火線はバットの火を受けると、細・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・その考えは平田の傍に行ッているはずの心がしているので、今朝送り出した真際は一時に迫って、妄想の転変が至極迅速であッたが、落ちつくにつれて、一事についての妄想が長くかつ深くなッて来た。 思案に沈んでいると、いろいろなことが現在になッて見え・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・本見世と補見世の籠の鳥がおのおの棲に帰るので、一時に上草履の音が轟き始めた。 三 吉里は今しも最後の返辞をして、わッと泣き出した。西宮はさぴたの煙管を拭いながら、戦える吉里の島田髷を見つめて術なそうだ。 燭台の蝋・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・よしや仮令いおしゃべり多言にても、僅に此一事を根拠にして容易に離縁とは請取り難し。第七物を盗む心あるは去ると言う。物を盗むにも軽重あり。唯この文字に由て離縁の当否を断ず可らず。民法の親族編など参考にして説を定む可し。 右第一より七に至る・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・妻も一処に怒りて争うは宜しからず、一時発作の病と視做し一時これを慰めて後に大に戒しむるは止むを得ざる処置なれども、其立腹の理非をも問わず唯恐れて順えとは、婦人は唯是れ男子の奴隷たるに過ぎず、感服す可らざるのみか、末段に女は夫を以て天とす云々・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・は母上の保管を乞うべし一 富継健三の養育は柳子殿ニ頼む一 柳子殿は両人を連れて実家へ帰らるべし一 富継健三の所得金は柳子殿に於て保管あるべし一 柳子殿は時機を見て再婚然るべし 一時の感情に任せ前後の考もなく薙髪などす・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・思えばこう感じるのも死にかかっての一時の事かも知れぬが、兎に角今までにこれ程感じた事はないから、己のためには幸福だ。このまま死んでしもうても、今我胸に充ちたものは、今までの色も香もない生活には遥に優っているに違いない。己は己の存在を死んで初・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・たりという一事はこれを証して余りあるべし。その敬神尊王の主義を現したる歌の中に高山彦九郎正之大御門そのかたむきて橋上に頂根突けむ真心たふとをりにふれてよみつづけける吹風の目にこそ見えぬ神々は此天地・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫