・・・故郷へ発程までに、もう一遍御一緒に来て下さいよ、後生ですから」「もう一遍」と、西宮は繰り返し、「もう、そんな間はないんだよ」「えッ。いつ故郷へ立発んですッて」と、吉里は膝を進めて西宮を見つめた。「新橋の、明日の夜汽車で」と、西宮・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・この一区に一所の小学校を設け、区内の貧富貴賤を問わず、男女生れて七、八歳より十三、四歳にいたる者は、皆、来りて教を受くるを許す。 学校の内を二に分ち、男女ところを異にして手習せり。すなわち学生の私席なり。別に一区の講堂ありて、読書・数学・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・火葬にも種類があるが、煉瓦の煙突の立っておる此頃の火葬場という者は棺を入れる所に仕切りがあって其仕切りの中へ一つ宛棺を入れて夜になると皆を一緒に蒸焼きにしてしまうのじゃそうな。そんな処へ棺を入れられるのも厭やだが、殊に蒸し焼きにせられると思・・・ 正岡子規 「死後」
・・・殊に三月の末であったか、碧梧桐一家の人が赤羽へ土筆取りに行くので、妹も一所に行くことになった時には予まで嬉しい心持がした。この一行は根岸を出て田端から汽車に乗って、飛鳥山の桜を一見し、それからあるいて赤羽まで往て、かねて碧梧桐が案内知りたる・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・実は私はその日までもし溺れる生徒ができたら、こっちはとても助けることもできないし、ただ飛び込んでいって一緒に溺れてやろう、死ぬことの向う側まで一緒についていってやろうと思っていただけでした。全く私たちにはそのイギリス海岸の夏の一刻がそんなに・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・けれども気のせいか、一所小さな小さな針でついたくらいの白い曇りが見えるのです。 ホモイはどうもそれが気になってしかたありませんでした。そこでいつものように、フッフッと息をかけて、紅雀の胸毛で上を軽くこすりました。 けれども、どうもそ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ みんなは今日は又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。 九月六日 一昨日からだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ けれども二人が一つの大きな帳面をのぞきこんで一所に同じように口をあいたり少し閉じたりしているのを見るとあれは一緒に唱歌をうたっているのだということは誰だってすぐわかるだろう。僕はそのいろいろにうごく二人の小さな口つきをじっと見ているの・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・「祈ろう。一所に。」特務曹長「饑餓陣営のたそがれの中犯せる罪はいとも深しああ夜のそらの青き火もてわれらがつみをきよめたまえ。」曹長「マルトン原のかなしみのなかひかりはつちにうずもれぬああみめぐみのあめ・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・、騒々しいので、もう少し静かなところにしたいと思って先日も探しに行ったのですが、私はどちらかというと椅子の生活が好きな方で、恰度近いところに洋館の空いているのを見つけ私の注文にはかなった訳ですが、私と一緒にいる友達は反対に極めて日本室好みで・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
出典:青空文庫