・・・こだわるといっても、私は自分の野暮ったさを、事ある毎に、いやになるほど知らされているのであるから、あれを着たい、この古代の布地で羽織を仕立させたい等の、粋な慾望は一度も起した事が無い。与えられるものを、黙って着ている。また私は、どういうもの・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・そうして、いやに黒いね。豆を磨いた事があるのかい」「豆も磨いた、水も汲んだ。――おい、君粗忽で人の足を踏んだらどっちが謝まるものだろう」「踏んだ方が謝まるのが通則のようだな」「突然、人の頭を張りつけたら?」「そりゃ気違だろう・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・本当に、いやになるくらい甘いんですの」 ユーモラスと感じてそれを聞くには、女のひとが分別あるべき年格好であるし、女のいじきたなさと微笑するには余り優越感めいた傍若無人さがつよく湛えられている。人々は、苦々しさをもって、其をきかされていた・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・「ナ、今日は基本がねえからまけたんだ。あした一っぱたらきすりゃあ又ひかったやつが己れさまの懐ん中へチャリーンと笑いながら舞いこむだ」 つぶやきながら、四辺を見まわした。「いやにうすっくらがりのくせにひかってやがる。今・・・ 宮本百合子 「どんづまり」
・・・己に若し呪う力があるならば、一番先に人間を――その次にはあの白くいやに光るするどい爪と歯をもった動物、あれを己は呪う、この暗いみじめな生活に私をつっつき込んだのも人間と云うものの仕業だ。百姓のわなにかかってから私のこのなやましい生活は始めら・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫