・・・』 各箇かの団体の、いろいろの彩布の大旗小旗の、それが朝風に飜って居る勇しさに、凝乎と見恍れてお居でなさった若子さんは、色の黒い眼の可怖い学生らしい方に押されながら、私の方を見返って、『なに大丈夫よ。私前に行くからね、美子さん尾いて・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・て、即ち醜体百戯、芸妓と共に歌舞伎をも見物し小歌浄瑠璃をも聴き、酔余或は花を弄ぶなど淫れに淫れながら、内の婦人は必ず女大学の範囲中に蟄伏して独り静に留守を守るならんと、敢て自から安心してます/\佳境に入るの時間なり。左れば記者が特に婦人を警・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・記者は封建時代の人にして、何事に就ても都て其時代の有様を見て立論することなれば、君臣主従は即ち藩主と士族との関係にして、其士族たる男子には藩の公務あれども、妻女は唯家の内に居るが故に婦人に主君なしと放言したることならんか。若しも然るときは百・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・丁度、撃劒で丁々と撃合っては居るが、つまり真劒勝負じゃない、その心持と同なじ事だ。こんな風だから、他人は作をしていねば生活が無意味だというが、私は作をしていれば無意味だ、して居らんと大に有意味になる。この相違を来すにゃ何か相当の原因が無くば・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・何だか不思議に心に沁み入るような調べだ。あの男が下らぬ事を饒舌ったので、己まで気が狂ったのでもあるまい。人の手で弾くヴァイオリンからこんな音の出るのを聞いたことはこれまでに無いようだ。(右の方に向き、耳を聳何だか年頃聞きたく思っても聞かれな・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・御はふりの御わざはてにけるまたの日、泉涌寺に詣たりけるに、きのふの御わざのなごりなべて仏さまに物したまへる御ありさまにうち見奉られけるを畏けれどうれはしく思ひまつりてゆゆしくも仏の道にひき入るる大御車のうしや世の中 曙覧・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 曙覧の歌調を概論すれば第二句重く第四句軽く、結句は力弱くして全首を結ぶに足らざるもの最も多きに居る。『万葉』にこの頭重脚軽の病なきはもちろん、『古今』にもまたなし。徳川氏の末ようやく複雑なる趣向を取るに至りて多くは皆この病を免れず。曙・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ *いま小樽の公園に居る。高等商業の標本室も見てきた。馬鈴薯からできるもの百五、六十種の標本が面白かった。この公園も丘になっている。白樺がたくさんある。まっ青な小樽湾が一目だ。軍艦が入っているので海軍には旗も立・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・「学校さ入るのだな。」みんなはがやがやがやがや云いました。ところが五年生の嘉助がいきなり「ああ、三年生さ入るのだ。」と叫びましたので「ああ、そうだ。」と小さいこどもらは思いましたが一郎はだまってくびをまげました。 変なこどもはや・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・「いや、証明するに要るんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見え・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫