・・・頭へ蘭などを植えるものでね。……あの机やストオヴもそうだよ。この納屋は窓も硝子になっているから、温室の代りに使っていたんだろう。」 T君の言葉はもっともだった。現にその小さい机の上には蘭科植物を植えるのに使うコルク板の破片も載せてあった・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・藁が散り、木の葉が乱れた畑には、ここらあたり盛に植える、杓子菜と云って、株の白い処が似ているから、蓮華菜とも言うのを、もう散々に引棄てたあとへ、陽気が暖だから、乾いた土の、ほかほかともりあがった処へ、細く青く芽をふいた。 畑の裾は、町裏・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・「そうかい、もらっていって、植えるから。」と、二人は同じくらいの苗木を一本ずつ、ぶらさげて、お家へ帰ったのでした。 年郎くんは、その小さい木をどこに植えようかと考えました。「圃にうえようかな、土がいいから、きっと早く大きくなるだ・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
・・・多くの山家育ちの人達と同じように、わたしも草木なしにはいられない方だから、これまでいろいろなものを植えるには植えて見たが、日当りはわるく、風通しもよくなく、おまけに谷の底のようなこの町中では、どの草も思うように生長しない。そういう中で、わた・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・民家の垣根に槙を植えたのが多く、東京辺なら椎を植える処に楠かと思われる樹が見られたりした。茶畑というものも独特な「感覚」のあるものである。あの蒲鉾なりに並んだ茶の樹の丸く膨らんだ頭を手で撫でて通りたいような誘惑を感じる。 静岡へ着いて見・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・しあわせに近所じゅういったいに樹木が多いので、それが背景になって樹木の緑にはそれほど飢える事はない。 許されうる限りの日光を吸収して、芝は気持ちよく生長する。無心な子供に踏みあらされても、きびしい氷点下の寒さにさらされても、この粘り強い・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ わたしはしばしば家を移したが、その度ごとに梔子一株を携え運んで庭に植える。啻に花を賞するがためばかりではない。その実を採って、わたしは草稿の罫紙を摺る顔料となすからである。梔子の実の赤く熟して裂け破れんとする時はその年の冬も至日に近い・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・仕舞にレイモンが今まで誰も見た事のない遊びをやると云うて先ず試合の柵の中へ三十本の杭を植える。それに三十頭の名馬を繋ぐ。裸馬ではない鞍も置き鐙もつけ轡手綱の華奢さえ尽してじゃ。よいか。そしてその真中へ鎧、刀これも三十人分、甲は無論小手脛当ま・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・江南の橘も江北に植えると枳殻となるという話は古くよりあるが、これは無論の事で、同じ蜜柑の類でも、日本の蜜柑は酸味が多いが、支那の南方の蜜柑は甘味が多いというほどの差がある。気候に関する菓物の特色をひっくるめていうと、熱帯に近い方の菓物は、非・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・貧民いかに正直なりともおのれが飢える飢えぬの境に至って墓場の鴉に忠義だてするにも及ぶまい。花はとにかく、供え物を取るのは決して無理ではない。西洋の公園でも花だから誰も取らずに置くがもしパンを落して置いたらどうであろう。きっとまたたく間になく・・・ 正岡子規 「墓」
出典:青空文庫