・・・ 熟と聞きながら、うかうかと早や渡り果てた。 橋は、丸木を削って、三、四本並べたものにすぎぬ。合せ目も中透いて、板も朽ちたり、人通りにはほろほろと崩れて落ちる。形ばかりの竹を縄搦げにした欄干もついた、それも膝までは高くないのが、往き・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ とばかりで、上目でじろりとお立合を見て、黙然として澄まし返る。 容体がさも、ものありげで、鶴の一声という趣。もがき騒いで呼立てない、非凡の見識おのずから顕れて、裡の面白さが思遣られる。 うかうかと入って見ると、こはいかに、と驚・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・世に美しい女の状に、一つはうかうか誘われて、気の発奮んだ事は言うまでもない。 さて幾度か、茶をかえた。「これを御縁に。」「勿論かさねまして、頃日に。――では、失礼。」「ああ、しばらく。……これは、貴方、おめしものが。」 ・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 一帆がその住居へ志すには、上野へ乗って、須田町あたりで乗換えなければならなかったに、つい本町の角をあれなり曲って、浅草橋へ出ても、まだうかうか。 もっとも、わざととはなしに、一帳場ごとに気を注けたが、女の下りた様子はない。 で・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・それがため到底だめと思ってる隣の家にうかうか半年を過ごしたのである。その年もようやく暮れて、十二月半ばごろに突如として省作の縁談が起こった。隣村某家へ婿養子になることにほぼ定まったのである。省作はおはまの手引きによって、一日おとよさんと某所・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 寒い冬が過ぎて、春になると、ほりばたの柳が芽をふきました。そして、桜の花が美しく咲きました。このころが、都もいちばんにぎやかな時分とみえて、去年の秋以来見なかった景気でございました。 うかうかとしているうちに、春も過ぎてしまいまし・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・それで、お君は、「あわれ逢瀬の首尾あらば、それを二人が最期日と、名残りの文のいいかわし、毎夜毎夜の死覚悟、魂抜けてとぼとぼうかうか身をこがす……」 と、「紙治」のサワリなどをうたった。下手くそでもあったので、軽部は何か言いかけたが、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・それも蓼食う虫が好いて、ひょんなまちがいからお前に惚れたとか言うのなら、まだしも、れいの美人投票で、あんたを一等にしてやるからというお前の甘言に、うかうか乗ってしまったのだ……と、判った時は、おれは随分口惜しかった。情けなかった。 あと・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・と私は端たなく口走る自分に愛想をつかしながら、それでも少しはやに下って、誘われるとうかうかと約束してしまったのだが、翌日約束の喫茶店へ半時間おくれてやって来たマダムを見た途端、私はああ大変なことになったと赧くなった。芸者上りの彼女は純白のド・・・ 織田作之助 「世相」
・・・といって、ほかに心当りもなく、自然あの人の足はうかうかと下鴨なら下鴨へ来てしまう。けれど、門をくぐる気はせず、暫らく佇んで引きかえし、こんどはもう一方の鹿ヶ谷まで行く。下鴨から鹿ヶ谷までかなりの道のりだが、なぜだか市電に乗る気はせず、せかせ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
出典:青空文庫