・・・むつかしい顔をして聞いていた父は、「阿呆が、うかうかしよるせに、他人になぶり者にせられるんじゃ。――そんなまかないの棒やかいが、この世界にあるもんかい!」 あくる朝、父は山仕事に出る前に、「今日は、もう仕事に行け!」 といか・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・ただ、このおやすみは、神さまが下さったのだということをわすれてはいけないよ。うかうかくらしてしまわないで、何かいいことをおぼえて来なければ。」と言いました。 男の子はたいそうよろこびました。では、今日こそは、あの金の窓の家へいって見よう・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・こんな調子にまたうかうか乗せられたなら、前のように肩すかしを食わされるのである。そう気づいたゆえ、僕は意地悪くかかって、それにとりあってやらなかったのだ。「いや。お仕事のほうは、もうはじめているのですか?」「ああ、それは、」紅茶を一・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・という甘い言葉に乗せられ、故郷へのむかしの憎悪も、まるで忘れて、つい、うかうか、出席、と書いてしまった。それが、理由の三つ。 出席、と返事してしまってから、私は、日ましに不安になった。それは、「出世」という想念に就いてであった。故郷の新・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・そんなゆがめられた歓喜の日をうかうかと送っているうちに、私は、いままでいちども経験したことのない大事件に遭遇したのである。 四 恋をしたのである。おそい初恋をしたのである。私のたわむれに書いた小説の題目が、いま・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・ただいかにも面白いのでうかうかと二、三十章を一と息に読んでしまった。そうしてその後二、三回の電車の道中に知らず知らず全巻を卒業してしまったのである。 不思議なことには、このドイツ語で紹介された老子はもはや薄汚い唐人服を着たにがにがとこわ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・しかしうかうかしていると、色々な妙な思想がフィルムの形になって外国から続々入り込んで全国に燃え拡がるのは事実である。 現代一部の日本人をすっかりヤンキー化させたものはほとんど全く映画の力だと云っても誇張ではあるまい。実に恐るべきことであ・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・ こんな事をうかうか考えている自分を発見すると同時にまた、現在この眼前の食堂の中に期せずして笑い上戸おこり上戸泣き上戸三幅対そろった会合があったのだという滑稽なる事実に気がついたのであった。・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・それだのにこれに備うる事もせず、また強い地震の後には津浪の来る恐れがあるというくらいの見やすい道理もわきまえずに、うかうかしているというのはそもそも不用意千万なことである。」 しかしまた、罹災者の側に云わせれば、また次のような申し分があ・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・そうして付け焼き刃の文明に陶酔した人間はもうすっかり天然の支配に成功したとのみ思い上がって所きらわず薄弱な家を立て連ね、そうして枕を高くしてきたるべき審判の日をうかうかと待っていたのではないかという疑いも起こし得られる。もっともこれは単なる・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
出典:青空文庫