・・・私は一切がくだらなくなって、読みかけた夕刊を抛り出すと、又窓枠に頭を靠せながら、死んだように眼をつぶって、うつらうつらし始めた。 それから幾分か過ぎた後であった。ふと何かに脅されたような心もちがして、思わずあたりを見まわすと、何時の間に・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・私が見ましてさえ、何ですか、いつも、もの思をして、うつらうつらとしていらっしゃるようじゃありませんか。誠にお可哀相な様ですよ。ミリヤアドもそういいましたっけ。(私が慰めてやらなければ、あの児ッて。何もね、秘密なことを私が聞こうじゃありません・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・そしてうつらうつら日溜りに屈まっていた。――やはりその日溜りの少し離れたところに小さい子供達がなにかして遊んでいた。四五歳の童子や童女達であった。「見てやしないだろうな」と思いながら堯は浅く水が流れている溝のなかへ痰を吐いた。そして彼ら・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 酔いが回って来たのか、それとも感慨に堪えぬのか、目を閉じてうつらうつらとして、体をゆすぶっている。おそらくこの時が彼の最も楽しい時で、また生きている気持ちのする時であろう。しかし、まもなく目をあけて、「けれども、だめだ、もうだめだ・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・また中には酔ってしゃべりくたぶれて舷側にもたれながらうつらうつらと眠っている者もある。相変わらず元気のいいのが今井の叔父さんで、『君の鉄砲なら一つで外れたらすぐ後の一つで打つことができるが僕のはそう行かないから困る、なアに、中るやつなら一発・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・その後二週間ほどたって、自分は用談の客と三時間ばかり相談をつづけ、客が帰ったあとで、やや疲れを覚え、横になったまま庭をながめて秋の日影がだんだんと松の梢をのぼって次第に消えてゆくのを見ながら、うつらうつらしていた。すると玄関で『頼もう!』と・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・林という林、梢という梢、草葉の末に至るまでが、光と熱とに溶けて、まどろんで、怠けて、うつらうつらとして酔っている。林の一角、直線に断たれてその間から広い野が見える、野良一面、糸遊上騰して永くは見つめていられない。 自分らは汗をふきながら・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・呉清輝と田川とは、傷の痛さに唸りながら、半ば、うつらうつらしつつ寝台に横たわっていた。おやじは、いきなり、ペーチカの横の水汲みの石油鑵を蹴とばした。「この荷物は急ぐんだぞ。これ、こんな催促の手紙が来とるんだぞ!」 クヅネツォフからの・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・こし方行末おもい続けてうつらうつらと一夜をあかしぬ。 十三日、明けて糠くさき飯ろくにも喰わず、脚半はきて走り出づ。清水川という村よりまたまた野辺地まで海岸なり、野辺地の本町といえるは、御影石にやあらん幅三尺ばかりなるを三四丁の間敷き連ね・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ しかるに先日、私は少しからだ具合いを悪くして、一日一ぱい寝床の中でうつらうつらしながら、ラジオというものを聞いてみた。私はこれまで十何年間、ラジオの機械を自分の家に取りつけた事が無い。ただ野暮ったくもったい振り、何の芸も機智も勇気も無・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
出典:青空文庫