・・・然るに今新に書を著わし、盗賊又は乱暴者あらば之を取押えたる上にて、打つなり斬るなり思う存分にして懲らしめよ。況んや親の敵は不倶戴天の讐なり。政府の手を煩わすに及ばず、孝子の義務として之を討取る可し。曾我の五郎十郎こそ千載の誉れ、末代の手本な・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・秋田家いなごまろうるさく出てとぶ秋のひよりよろこび人豆を打つ酉(詠十二時夕貌の花しらじらと咲めぐる賤が伏屋に馬洗ひをり松戸にて口よりいづるままにふくろふの糊すりおけと呼ぶ声・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ たちまち杜はしずかになって、ただおびえて脚をふみはずした若い水兵が、びっくりして眼をさまして、があと一発、ねぼけ声の大砲を撃つだけでした。 ところが烏の大尉は、眼が冴えて眠れませんでした。「おれはあした戦死するのだ。」大尉は呟・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・小十郎は油断なく銃を構えて打つばかりにして近寄って行ったら熊は両手をあげて叫んだ。「おまえは何がほしくておれを殺すんだ」「ああ、おれはお前の毛皮と、胆のほかにはなんにもいらない。それも町へ持って行ってひどく高く売れるというのではない・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・一太は素足だから、べたべた草履が踵を打つ音をさせながら歩いた。「ね、おっかちゃん、あんな家却って駄目なんだよ。女中の奴がね、いきなりいりませんて断っちまやがるよ」 一太が賢そうな声を潜めて母に教えた。そこでは、桜の葉が散っている門内・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・作品としての現実が渾然と読者の心を撃つというよりは、調査した実際と想像とが文学の現実以前のままのありようでつなぎ合わされていた。 文学の世界の現実と日々の実際というものとの間にあるこの作者独特な混乱は、或はこの作者が人間としては芸術・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
・・・一度はフィレンツェ市の防衛のためにサン・ミニアトの丘に立ったミケルアンジェロが、亡命者としてローマに止まり、人々をその悲痛さで撃つばかりのピエタを作りながら、九十年の生涯を終る有様は、波瀾に波瀾を重ねるフィレンツェ市の推移とともに見事な浮彫・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
・・・かえって、抑圧がひどかったとき、岩間にほとばしる清水のように暗示されていた正義の主張、自由への鋭い憧憬の閃きの方が、はるかに人間らしさでわれわれを撃つ力をこめていた、と。これは、ただ、かくされていた神聖さを明るみに出して見たときは、それも平・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・「どけ、撃つぞ、と云ったがきかないんだ。で、俺は空へ向けて撃ってやった。――空にゃ傷がつかないからな」 ゴーリキイは非常によく生活しはじめた。規則正しい読書。一日一日が新しい重要なものを齎した。ヴォルガの漁師イゾートの快い、感動的な・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・お二人が首尾好く本意を遂げられれば好し、万一敵に多勢の悪者でも荷担して、返討にでも逢われれば、一しょに討たれるか、その場を逃れて、二重の仇を討つかの二つより外ない。足腰の立つ間は、よしやお暇が出ても、影の形に添うように離れぬと云うのであった・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫