・・・その日は前夜から雪が降りつづけて、窓の外にさし出ている雨天体操場の屋根などは、一面にもう瓦の色が見えなくなってしまったが、それでも教室の中にはストオヴが、赤々と石炭の火を燃え立たせて、窓硝子につもる雪さえ、うす青い反射の光を漂わす暇もなく、・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ どうせ朝まで客は拾えないし、それにその日雨天のため花火は揚らなかったが廓の創立記念日のことであるし、なんぞええことやるやろと登楼を薦めた。むろん断ったが、十八にもなってと嘲られたのがぐっと胸に来て登楼った。長崎県五島の親元へ出す妓の手・・・ 織田作之助 「雨」
・・・――まだ、まだ、言いたいことがあるのですけれども、私の不文が貴下をして誤解させるのを恐れるのと、明日又かせがなければならぬ身の時間の都合で、今はこれをやめて雨天休業の時にでもゆっくり言わせて貰います。なお、秋田さんの話は深沼家から聞きました・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 宿について、夕食までに散歩しようと、宿の番傘を二つ借りて、海辺に出て見た。雨天のしたの海は、だるそうにうねって、冷いしぶきをあげて散っていた。ぶあいそな、なげやりの感じであった。 ふりかえって、まちを見ると、ただ、ぱらぱらと灯が散・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・例えば今月中少なくも各一回の雨天と微震あるべしというごとき予報は何人も百発百中の成効を期して宣言するを得べし。ここに問題となるは予報の実用的価値を定むべき標準なり。 予報によりて直接間接に利便を感ずべき人間の精神的物質的状態は時並びに空・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ 八月になってから雨天や曇天がしばらく続いて涼み台も片隅の戸袋に立てかけられたままに幾日も経った。 ある朝新聞を見ていると、今年卒業した理学士K氏が流星の観測中に白鳥星座に新星を発見したという記事が出ていた。その日の夕方になると涼み・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫