・・・時私の習慣で、仮令見ても見ないでも、必ず枕許に五六冊の本を置かなければ寝られないので、その晩も例の如くして、最早大分夜も更けたから洋燈を点けた儘、読みさしの本を傍に置いて何か考えていると、思わずつい、うとうととする拍子に夢とも、現ともなく、・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・ ただ、ぼんやりと坐っていた。うとうとしていたのかも知れない。電車のはいって来た音も夢のように聴いていた。一瞬あたりが明るくなったので、はっと起ち上ろうとした。が、はいって来たのは宝塚行きの電車であった。新吉の待っているのは、大阪行きの・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・くたくたになって二階の四畳半で一刻うとうとしたかと思うと、もう目覚ましがジジーと鳴った。寝巻のままで階下に降りると、顔も洗わぬうちに、「朝食出来ます、四品付十八銭」の立看板を出した。朝帰りの客を当て込んで味噌汁、煮豆、漬物、ご飯と都合四品で・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・何するぞと見るに、やがて頸長き槌を手にして檐近く進み寄り、とうとうとうと彼の響板を打鳴らす。禽も啼かざる山間の物静かなるが中なれば、その声谿に応え雲に響きて岩にも侵み入らんばかりなりしが、この音の知らせにそれと心得てなるべし、筒袖の単衣着て・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・末子なぞは汽車の窓のところにハンケチを載せて、ただうとうとと眠りつづけて行った。 東京の朝も見直すような心持ちで、私は娘と一緒に家に帰りついた。私も激しい疲れの出るのを覚えて、部屋の畳の上にごろごろしながら寝てばかりいるような自分を留守・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ ところが、夜になって、王女のお部屋へとおされて、しばらく王女の顔を見ていると、どんな人でもついうとうと眠くなって、いつの間にかぐうぐう寝こんでしまいました。それで、来る人来る人が、一人ものこらず、みんな王さまにきり殺されてしまいました・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・病犬はちゅうとで一ど、よろよろと出て来て、肉のはしをちょっとかんで見ましたが、またのそのそとかんなくずの中へかえってうずくまり、目をつぶってうとうとと眠りかけました。 こちらの犬は、肉のきれをくわえていって、その犬の口のところへおき、じ・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・私は葡萄酒の闇屋の大きい財布の中にいれられ、うとうと眠りかけたら、すぐにまたひっぱり出されて、こんどは四十ちかい陸軍大尉に手渡されました。この大尉もまた闇屋の仲間のようでした。「ほまれ」という軍人専用の煙草を百本とにかく、百本在中という紙包・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・ 父親を待ちわびたスワは、わらぶとん着て炉ばたへ寝てしまった。うとうと眠っていると、ときどきそっと入口のむしろを覗き見するものがあるのだ。山人が覗いているのだ、と思って、じっと眠ったふりをしていた。 白いもののちらちら入口の土間へ舞・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・ ラスキンをほうり出して、浅草紙をまた膝の上へ置いたまま、うとうとしていた私の耳へ午砲の音が響いて来た。私は飯を食うためにこのような空想を中止しなければならないのであった。 寺田寅彦 「浅草紙」
出典:青空文庫