・・・赤い甍から椎の並木がうねうねと南へ伸びている。並木のつきたところに白壁が鈍く光っている。質屋の土蔵である。三十歳を越したばかりの小柄で怜悧な女主人が経営しているのだ。このひとは僕と路で行き逢っても、僕の顔を見ぬふりをする。挨拶を受けた相手の・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 湯槽から這い出て、窓をひらき、うねうね曲って流れている白い谷川を見おろした。 私の背中に、ひやと手を置く。裸身のKが立っている。「鶺鴒。」Kは、谷川の岸の岩に立ってうごいている小鳥を指さす。「せきれいは、ステッキに似ているなん・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・路はやがて穉樹の林に入って、うねうねと曲って行く。と、思いも懸けず、林の外れに、おいちにおいちにと呼んで歩く薬売の男が、例の金ピカの服を日に光らせながら、さもさも疲れ果てたというように草の上に腰をかけて休んで居る。モウパッサンのノルマンジイ・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・道は同じようにうねうねしていて、行先はわからない。やはり食料品、雑貨店などの中で、薬屋が多く、次は下駄屋と水菓子屋が目につく。 左側に玉の井館という寄席があって、浪花節語りの名を染めた幟が二、三流立っている。その鄰りに常夜燈と書いた灯を・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・その玩具のような可愛い汽車は、落葉樹の林や、谷間の見える山峡やを、うねうねと曲りながら走って行った。 或る日私は、軽便鉄道を途中で下車し、徒歩でU町の方へ歩いて行った。それは見晴しの好い峠の山道を、ひとりでゆっくり歩きたかったからであっ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ お金はお金で、時々太い、うねうねした文字で、 あなたの御手ぎわで、さぞその方の話は甘く出来る事と存じ候。 こちらも先だっての金は、とうに、ちっともござなく、御承知の事とは思いますが、近い内に、あとの金を御送り下され度候。・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 奥から出て来た主人らしい人が、大鳥居のきわから左へ入って、うねうね山道を歩いてゆけば、ひとりでに公会堂の上へ出るからと教えてくれた。 暖かい十月の六日で、セルで汗ばむ天気であった。弁当の包を片手に下げ、家のわきから左に入ると、男の・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・そして、私のすぐ傍で暖房のうねうねの上に腰かけ、やはりその本の一冊を読んでいる彼女に向って断言する。 ――本当に、よくてよ。「お前」になってからなんか、調子があるわ。 我々の読んでいる本は、チェホフ全集第十巻「妻に送ったチェホフ書簡・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ その細い道は、うねうねとつづいてずっと先まで行っているが、人のとおる道と、すぐそこからはじまっている道灌山との境は誰にもわからなかった。道は、道灌山そのものの崖ぷちにそって通っており、三人の子供がきまってそこへゆく柵のところも、実はも・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 四つの厚い羽根が空気を打つバッサ、バッサ、バッサと云う音と、喉をならす、稍々細く切れぎれな声と、低いうねうねした声とは混り合って、靄のほの白いはるかにまで響いて行ったのである。 所々崩れ落ちて居る畔路を、ときどき踏みそこなって、こ・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
出典:青空文庫