・・・がかつて右翼陣営の言論人として自他共に許し、さかんに御用論説の筆を取っていた新聞の論説委員がにわかに自由主義の看板をかついで、恥としない現象も、不愉快であった。 だが、私たちはもはや欺されないであろう。私たちの頭が戦争呆けをしていない限・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・左翼の人は僕らの眼の前で転向して、ひどいのは右翼になってしまったね。しかし僕らはもう左翼にも右翼にも随いて行けず、思想とか体系とかいったものに不信――もっとも消極的な不信だが、とにかく不信を示した。といって極度の不安状態にも陥らず、何だか悟・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ただ一撃ちに羽翼締めだ。否も応も言わせるものか。しかし彼の容色はほかに得られぬ。まずは珍重することかな。親父親父。親父は必ず逃がさんぞ。あれを巧く説き込んで。身脱けの出来ぬおれの負債を。うむ、それもよしこれもよし。さて謀をめぐらそうか。事は・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ゆききし、もし五月雨降りつづくころなど、荷物曳ける駄馬、水車場の軒先に立てば黒き水は蹄のわきを白き藁浮かべて流れ、半ば眠れる馬の鬣よりは雨滴重く滴り、その背よりは湯気立ちのぼり、家鶏は荷車の陰に隠れて羽翼振るうさまの鬱陶しげなる、かの青年は・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・極端な束縛とヒステリーとは夫の人物を小さくし、その羽翼をぐばかりでなく、また男性に対する目と趣味との洗練されてないことを示すものに外ならない。 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・あれは対戦中の右翼小説ほどひどくは無いが、しかし小うるさい点に於いては、どっちもどっちというところです。私は無頼派です。束縛に反抗します。時を得顔のものを嘲笑します。だから、いつまで経っても、出世できない様子です。 私はいまは保守党に加・・・ 太宰治 「返事」
・・・また恋をしたいたッて、美しい鳥を誘う羽翼をもう持っておらない。と思うと、もう生きている価値がない、死んだ方が好い、死んだ方が好い、死んだ方が好い、とかれは大きな体格を運びながら考えた。 顔色が悪い。眼の濁っているのはその心の暗いことを示・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・鳩や山鴫のような鳥類が目にも止まらぬような急速度で錯雑した樹枝の間を縫うて飛んで行くのに、決して一枚の木の葉にも翼を触れるような事はない、これは鳥の目の調節の速さと、その視覚に応じて反射的に行なわれる羽翼の筋肉の機制の敏活を物語るものである・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・これは鳥の眼の調節の速さと、その視覚に応じて反射的に行われる羽翼の筋肉の機制の敏活を物語るものである。もし吾々人間にこの半分の能力があれば、銀座の四つ角で自動車電車の行き違う間を、巡査やシグナルの助けを借りずとも自由自在に通過することが出来・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・で左翼が右翼にまた右翼が左翼に「転向」するのも、畢竟は思想のニコルが直角だけ回ったようなものかもしれない。使徒ポールの改宗なども同様な例であろう。耶蘇の幽霊に会ってニコルが回ったのである。しかしどちらへ曲げても結局偏光は偏光である。すべての・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫