・・・長煙管で灰吹の筒を叩く音、団扇で蚊を追う響、木の橋をわたる下駄の音、これらの物音はわれわれが子供の時日々耳にきき馴れたもので、そして今は永遠に返り来ることなく、日本の国土からは消去ってしまったものである。 英国人サー・アーノルドの漫遊記・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・我皇室が万世一系として永遠の過去から永遠の未来へと云うことは、単に直線的と云うことではなく、永遠の今として、何処までも我々の始であり終であると云うことでなければならない。天地の始は今日を始とするという理も、そこから出て来るのである。慈遍は神・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・彼は常に、読者の一歩前を歩いて居る。彼は永遠に捉へ得ない。しかもただ一歩で、すぐ捉へることができるやうに、虚偽の影法師で欺きながら、結局あの恐ろしい狂気が棲む超人の森の中へ、読者を魔術しながら導いて行く。 ニイチェを理解することは、何よ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・その原因は他なし、この改進者流の人々が、おのおのその地位におりて心情の偏重を制すること能わず、些々たる地位の利害に眼をおおわれて事物の判断を誤り、現在の得失に終身の力を用いて、永遠重大の喜憂をかえりみざるによりて然るのみ。 内閣にしばし・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・君はまだこの世に生きているな。永遠の洒落者め。君はまだホラチウスの書なぞを読んで世を嘲っているのかい。僕が物に感じるのを見て、君は同じように感じると見せて好くも僕を欺したな。君はあの時何といった。実にこの胸に眠っているものを、夜吹く風が遠い・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・うすい金色だね。永遠の生命を思わせるね。」「実に僕たちの理想だね。」 雲のみねはだんだんペネタ形になって参りました。ペネタ形というのは、蛙どもでは大へん高尚なものになっています。平たいことなのです。雲の峰はだんだん崩れてあたりはよほ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・しんから打込んだ男の子こそ生みたいのが母性の永遠の欲求である。過去の日本における結婚が女の生涯を縛りつけた重みの中には、生まされた子を育てるという悲しむべき受動性も勘定に入れられなければならないだろう。 葉子の鋭い感情の中でこの生々しい・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・政治なんぞは先ず現状のままでは一時の物で、芸術は永遠の物だ。政治は一国の物で、芸術は人類の物だ。」小川は省内での饒舌家で、木村はいつもうるさく思っているが、そんな素振はしないように努めている。先方は持病の起ったように、調子附いて来た。「しか・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・お前さんをいじめた人にも神は永遠なる安息をお与えなさるだろう。だがお前さんはまだ若い。こうなった方がかえってよかったかも知れない。あの男は神の恵みの下に眠るがよい。お前さんはとにかくまだ若いから」と云うような事であった。ユリアは頷いた。悲し・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・愛の歓喜にある時彼はその幸福の永遠性を望まないか。官能の悦楽のあとで彼はそのはかなさに苦しまないでいられるか。痛苦を堪え忍ぶ時彼はこの生が生理的偶然に過ぎないという考えを悦ぶことができるか。――この問いに「否」と答える人の多いことはわかって・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫